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明日11日、東京で、17日、大阪で

中国株とベトナム株のセミナーを開きます。

 

私の株の勉強会はハイQに連載していたことから

はじめ、10年ほど続いています。

 

私が拠り所にしているのは

邱永漢先生が築き上げられた投資セオリーで、

これをものにするには、相当の勉強必要である

との考えにもとづくものです。

 

さて、今年、邱先生がお亡くなりになり、

先生を頼りにしてきた人たちには

指針がなくなったわけですが、

これからどうやって、

中国株やベトナム株の投資をしていくのか、

私なりにこの数か月の間、自問自答を繰り返してきました。

 

その内容をお伝えするのが今回の株の勉強会です。

私が揃えた資料はペーパー資料が11種類

本が一冊で、このくらいにになると

印刷するのも大変ですが、準備は終わりました。

 

株価としてはいまは中国株もベトナム株も

低迷状態にありますが、こういう時期であるにもかかわらず

多くの方々に参加いただきとても光栄に思っています。

 

これから、中国株投資をどのように続けていくか、

あるいは中国株投資は終えた方がいいのか、

さらにベトナム株投資とはどういうものなのかに

関心をお持ちの方はどうぞ、のぞいてみてください。

中国の上場会社の株をもって

体験したことは、成長・発展の果実を

享受するには時間がかかったといういうことです。

 

先日、古い本を整理していたら、

平成5年、邱永漢先生について

上海証券取引所を訪れた時の

先生の写真が出てきました。

 

この年の暮あたりから、先生は周辺の人たちに

中国の会社の株を持つことを勧めるようになり

雑誌にも「中国株は前途ようよう」と書かれました。

 

「日本の経済発展、また台湾や韓国の発展を

ふりかえても、そうだろうなあ」と私なども思い、

平成8年ごろから、中国の上場会社の株(当時は上海B株)

を買うようになりました。

 

中国は経済発展の緒につき、

驀進するだろうから、株もすぎに上がるだろう

と期待しました。

 

しかし、実際に味わったのは株の下落です。

容赦のないようは激しい下落でした。

中国に淡い期待をかけたのは
間違いだったのではと思いました。

 

後で知ったことですが、この頃、中国では

「マクロコントロール」(金融引き締め)政策がとられ、

その影響を受けていたのです。

しかし、そういうことを知らなかったので、

私は打つ手を間違えたのではと思いました。

 

それでも中国株は持ち続けたのですが、

株を買ってから、5年たった平成13年ごろ、

急に中国の株が値を上げ始めました。

中国人も外国人が買う上海B株を持つことが

できるようになったことが上昇のきっかけと解説されましたが、

上昇へのエネルギーがたまっていたのだと思います。

 

この体験から、私は

「新興国とのつきあいには辛抱が必要」

ということを体験しました。

 

そうした体験を下地にして

私はベトナムとついあっています。

2007年と言えば、

いまから5年前のことになりますが、

私なども、この頃からベトナムの先行きに関心を持ち、

友人たちと2回、ベトナムに行きました。

 

当時はベトナムの上場会社の株を買おうと思えば

ベトナムに足を運ぶ必要があり、私も友人たちも

ホーチミンまで行って、口座を設けました。

 

しかし、ベトナムの証券会社は

投資口座を設けると、毎月、口座維持料を請求するなど

抵抗感を感じていました。

 

そうしたなか、

「日本人が安心してベトナム株を買えるように」と

邱永漢先生がいまのジャパン証券をつくってくれました。

 

そのころから、ベトナムに行かなくても

投資口座をつくることができるようになり、

ベトナムの経済のパイが大きくなることに

自分もかかわることができたらいいと

思う人たちは、いまこのジャパン証券で

投資口座を作っています。

 

私はジャパン証券が生まれる前に2回、

ジャパン証券さんができてから5回

合計、7日回、ベトナムに通っていますが、

行くたびに新しい発見があります。

 

例えば、2007年ごろはベトナムには

これという高層ビルがなかったのですが、

ホーチミン、続いてハノイに

それぞれの街の全貌を眺められる

近代的な構想ビルができました。

またホーチミンでは地下鉄工事が始まりました。

こうした変化が起こっているベトナムにチャンスありと

にらんで、日本の会社はどんどん進出していますが、

私達、個人投資家もベトナムの上場会社の株をもつことで

チャンスがえられるのではと期待しています。

 

邱先生がよくおっしゃっていました。

「変化の中にチャンスあり」と。

いまベトナムは変化のただなかにあります。

東洋証券の深堀さんを訪ねた翌々日の9月27日

私は折よく東京に出張されていたジャパン証券平本裕志社長

にお会いしました。

 

邱永漢先生が逝去されたことにより

邱先生を心服していた愛読者に

精神面での動揺があり、それを幾分かでも

和らげるために、東京証券の深堀さんを訪ね、

講演いただくことで了解いただいたことを

伝え、この時、平本社長にベトナム株のことを

東京でお話しいただきたいとお願いしました。

 

私の願いにじっと耳を傾けらておられた

平本さんは、その場で

「承知しました。こちらとしてもぜひ話をさせてください」

と言ってくれました。

 

戸田「時期はいつがいいでしょうか」

 

平本「そうですね。確実に日本に来ることができるのは

 テト(旧正月)の時期です。」

 

戸田「いつごろのなりますか」

 

平本「ベトナムに帰り、他のスケジュールとも

調整したうえで、お返事します」

 

戸田「よろしくお願いします」

 

という会話をし、後日平本さんからメールをいただき、

深堀さんの了解も得て、2月10日、13時~17時

東京・新橋の日本航空会館で

深堀さんに中国株のことを

平本さんにベトナム株のことを

講演いただくことが決まりました。

手帳を繰ると、私が東洋証券を訪ね、

深堀敬三さんにお会いしたのは9月25日のことでした。

 

お話しするなかで、深堀さんから

「できれば、邱永漢先生のファンの方々に

お話しさせていただきたい」とのお言葉があり、

私はすかさず、自分が主宰する株の勉強会に

深堀さんに講師として招くので、自由な立場で

お話しいただくことお願いし、了解いただきました。

 

そのあと、私の頭に浮かんだのは

ベトナムの首都、ハノイに拠点を置く

ジャパン証券の社長である平本裕志さんにも

講師としてお話しいただきたいということでした。

 

ご承知の多い方も多いと思いますが、

ジャパン証券は邱先生の働き掛けで

生れた日系の証券会社で、その社長として

活躍されているのは平本さんです。

 

私はその日のうちに平本さんにメールし、

「直近で東京に出張でお見えになるのは

いつですか、その際お会いしてお願いしたいです」

とのメールを送りました。

 

私はじかにお会いし、そのうえで

講師としてお話しいただくことを

お願いしたと考えたのです。

 

すると、平本さんから夜返事があり

「今出張で帰国していて、2日あとの

27日の午前中であればお会いできます」

とのことです。

 

「これはラッキー!」と思い、

茅場町の東京証券会館でお会いしたいと提案し、

平本さんから、その会館にホテル・オークラの

レストランがあると教えられ、

そこで
お会いさせていただきました。


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