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私と友人は4月15日、ベトナムのハノイから
ミャンマー(旧 ビルマ)最大の経済都市、
ヤンゴン(旧ラングーン)に入り、16日、市内周辺を
視察するのですが、現地の旅行会社が
私たちを案内する筆頭にティラワ(Thilawa)経済特区を挙げてきて、
ここはミャンマーの経済発展を考える上でいま一番ホットな所で
私たちの視察目的にあっていると思いました。
というのも、今年の4月20日、SANKEI BIZは
次のように報道していているからです。

「大手商社の丸紅、住友商事、双日など4社の企業連合が
ミャンマー最大の商業都市、ヤンゴン近郊の経済特区ティラワ工業団地の
開発計画への参画を検討していることが19日、分かった。
経済産業省の事業化調査の支援を受け、5月中をめどに基本計画をまとめる。
日本政府は国際協力銀行(JBIC)の融資や日本貿易保険(NEXI)の
政策金融を通じてプロジェクトを後押しし、
日本企業がミャンマーのインフラ整備を受注する呼び水にもしたい考えだ。

事業化調査には商社3社のほか、
日本工営がコンサルタントとして参画する。
丸紅などは工業団地運営の実績を基に官民連携で団地を開発し、
国際協力機構(JICA)が進めるヤンゴン周辺の
大規模インフラ整備計画とも連動。電力や上下水道整備、
人材育成機関の設置を含めた開発の青写真を描く。
三菱商事なども参画を検討している。

事業化が決まれば両国に合弁会社を
それぞれ設立する方向で調整している。
2015年に行われるミャンマーの総選挙までに
一部の完成にこぎつけたい考え。

ティラワ工業団地はヤンゴンから南へ約24キロのヤンゴン川沿いに計画され、
総面積2400ヘクタールに上る大規模開発。
シンガポールや中国勢も参画を狙っている。

中国やタイに拠点を持つ繊維や電子部品、自動車部品メーカーは
人件費の高騰で採算が悪化していることから、
生産コストが安い新興国へのシフトを模索している。
日本貿易振興機構(ジェトロ)のヤンゴン事務所にも
進出をめぐる日本企業の相談が相次いでおり、
丸紅などの企業連合は同工業団地へのニーズは高いと判断した。」

この記事を通して、日本の国と代表企業が
ミャンマーのインフラ整備を全面的に整備使用としていること、
そしてその支援の中心的なプロジェクトがティラワ経済特区
(ティラワ港と大規模工業団地)の開発であることがわかります。

 

8月13、14日にベトナムの上場会社を訪れたあとは

15日にハノイからミャンマー最大の都市ヤンゴンに飛びます。

 

知らないところを訪れる際は

現地で外国人である私たちを案内してくれる旅行会社を

見つける必要があります。

 

ヤンゴンにもそういう会社があるかどうか

最初はわからなかったのですが、

インターネットそういう会社を見つけました。

ミャンマーの女性が経営している会社です。

 

また一昨年、ミャンマーを訪れた友人から

日本人が相談役になっている会社を紹介されました。

 

その二つの会社とコンタクトをとり、

私のツアーは個人投資家の集まりで

経済視察が主で、観光は従であることを伝え、

視察プランを立ててほしいとお願いしました。

 

それへの回答を見て、今は、

前者のミャンマー人女性が経営している

会社とコンタクトを続けています。

 

当然のことですが、一般に旅行会社の人は

観光のことは詳しいのですが、株式投資など

経済のことについては疎いです。

 

そこを埋めるため、ミャンマーの証券取引環境の

現状や将来の見通しについては、私の方から

説明し、その上でどんな視察プランがいいか

提案を求めました。

 

そうしたやり取りの上で、私のところに届けられたのは

Thilawa 経済貿易地区、Shwe Paukan 工業団地(縫製工場)

不動産会社訪問、そして名所見物として

ヤンゴンのランドーマークである「Shwe Dagon Pagoda」

も見学するというプランが届き、私のセミナーの目的に

合致していると考え、このプランに従って行動することにしました。

 

8月13日と14日、ベトナムの首都、
ハノイに拠点を置くベトナムの上場会社を
訪れることにしていますが、昨日、ジャパン証券の
ジャパン デスクから、2ヶ月前になったので
これから訪問先候補企業に予約を申し入れるとの
連絡をいただきました。

私が訪問を希望している会社として交渉を
お願いしている会社は次の5つの会社です。

①VIC(ビングループ)
(ホーチミン、ハノイなどの大都市の一等地で
商業・オフィス・住居施設を建設・運営する不動産事業会社。)

②HPG(ホアファット鉄鋼ブループ)
(6人が発起人になって、起業し、いま1万人を擁する
企業に発展している鉄鋼メーカー。
発起人は大金持ちになっているが、自分たちの株は売らす、
設備投資に必要な資金借り入れのための担保にすると宣言している)

③MBB(軍隊銀行)        
(ベトナム証券市場に上場する9番目の銀行で、
ホーチミン証券取引所に上場する銀行としては5番目)

④BVH(バオビエット金融グループ)
(保険を中核とした金融最大手グループで
日本の日本生命や東京海上日動火災保険を目指している)

⑤FPT(FPT情報通信株式会社)          
(日本のNTTグループなど海外企業から受託業務も行い、
顧客の約6割が日本企業という、ベトナムを代表するIT企業)

確定するのは早くても1ヶ月~3週間前になるとのことですが、
楽しみです。

ハノイ視察セミナーは14日の18時で終了ですが、
このあと、ヤンゴンに向かう人たちは15日もハノイに
滞在します。

15日は、空港近くで、数多くの日系企業が操業している
タンロン工業団地を訪れようかと思っていたのですが、

「15日も、ヤンゴン行きの飛行機に乗るまでの間、
ベトナム企業への訪問を2社ほど入れたいがいいか」
と社名を挙げて打診があり、よろしくお願いしますと返事しました。

 

8月11日にハノイに入り、ジャパン証券さんのご案内で

12日、市内を観光したあと、13日と14日、

ハノイ周辺に拠点を置く上場会社を訪れます。

 

ハノイ視察は昨年3月から始め、

今回で3回目ですが、経済発展進行中の国ですから

行くたびに新しい発見があり、楽しみです。

 

こういうことができるのも

邱永漢先生が日本人が安心して

ベトナム株に投資ができるよう、

ベトナム、ハノイにジャパン証券を

つくっていただいたおかげです。

 

さて、このハノイ視察のあと、今回は

時間のご都合がつかれる方々と一緒に

15日にミャンマー最大の都市、

ヤンゴンに入り、経済発展の緒についた

この国の経済状況を視察します。

 

幸い、ヤンゴン現地で私たちを迎え、

案内してくれる小さな旅行会社が見つかり、

コミュニケーションを交わすことで、

個人投資家の集まりである、私たちに

合致した視察プランのアウトラインができつつあります。

 

また、ヤンゴンのあと、

17日、タイの首都、バンコックに飛びます。

バンコックでの視察はベトナム視察でお世話になっている

APEX社がタイにも支店を置いているので、

APEX社のスタッフとコミュニケーションをとり、

タイに進出している日本企業の工場を訪れたり

バンコック市内の観光視察も楽しみます。

 

ご承知のように、ヤンゴンもバンコックも

邱先生がお元気であれば6月に訪問される

予定だったところです。

 

そういう意味からも今回の視察は、

邱先生の旺盛な好奇心、積極果敢な行動性、

そして卓越した予見力に敬意を表しながらの

視察ツアーになると感じています。

 

昨日、お伝えしましたように、

邱永漢特集が織り込まれた台湾のビジネス週刊誌、

「今週刊」が我の方に届けられました。

 

邱永漢特集のタイトルは

「十敗求一勝的創業冒険家 邱永漢89年的人生智慧」

となっています。

 

「新しいこのとに10回挑戦して、

うち9回は失敗しても、1回は成功すればいい

という考え方で、新しい事業の創造に

挑戦してきた冒険家(ベンチャー)の邱永漢先生、

その89年の人生で示してくれた知恵」

といった意味でしょう

 

当然のことながら記事は中国文で書かれ、

私も妻も中国文には弱いです。

が、随所に「戸田」とか「資料提供 戸田敦也」

とかの文字が見えます。

 

受けた「質問に対する回答」、

自製の「邱永漢の略年譜」、

それに邱先生が座右の銘とされた

「邱永漢金句」を台湾に送り、

それらが織り込まれいることが一目瞭然で、

記事のだいたいの意味はわかります。

 

「さすがに邱先生の母国、台湾の週刊誌ですね。

台湾が輩出した賢者にに対する敬服の気持ちがこもり、

扱いが丁寧で記事です。

邱先生のご逝去についての日本の記事とも、

また香港のものと異なり、最も優れていますね」

というのがわが妻が感想で、私も同感です。

 

私は「今週刊」の記者さんに

感謝のメールを送り、私の邱永漢思想研究を

支援してくれている友人と、

邱先生の数々の事業をこれから引き継がれる

ご長女の邱 世嬪さんにも

送ってほしいとお願いしました。

 

こうしたことのあらましをFACEBOOKの中に設けた

「戸田ゼミ」(非公開)に書くと、ある友人が

「 もし日本語で読めるようなら、ぜひご披露してくだされば幸いです」

と書き込みました。

 

そういわれても、原文は中国語の文章で、

7ページに亘り、日本語に訳すのも簡単ではないと

思っていたところ、戸田ゼミ第一回の参加者で

現在、上海で活躍しているMさんが、

「戸田先生、スキャンしたものを送ってくれたら、日本語訳しますよ」

と応援のメッセージを送ってくれました。

 

「ありがたい、Mさんのご好意に甘えさせていただこう」

と思っていますが、ほかにも中文の日本語訳化にトライ

くださる方がおられましたらご連絡ください。

 

記事(7ページ)のコピーと、参考資料とて

私が台湾の記者に送った質問への回答、

邱永漢略年譜、それに「邱永漢金句」をお送りします。

いろいろな方に訳を試みていただくことを願っています。 


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