カテゴリ: 1350回〜

私たちがロイズ・オブ・ロンドン
(ロイズ保険会社)を訪れたのは
土曜日ですので、辺りに人通りはありません。

そんななか、ロイズ・オブ・ロンドンの
高いきなビルを見上げているとき、
二人のアジア系の若い女性が歩いてきました。

このあたりに住んでいて
今散歩中といういでたちです。
私が彼女たちに英語で
「この辺にお住まいですか」と聞きましたら、
彼女たちはにこやかな表情になり、
二人のうち、背の高い方の女性が
「いえ、旅行中です」と応えてくれました。

「私たちは日本人ですが、
同じように旅行中です」と話しますと
その女性が
「私たちは中国人です。
自分たちは大連からイギリスに留学してきています。
ロンドンから少し離れた学校で勉強していて、
今日はロンドン見学に来ています。
私は英語と日本語が少しできます。」
と応じてくれました。

もう一人の背の低い方の中国人女性は
英語も日本語もわからないようですが、
突如、携帯電話で誰かと話しかけました。
背の高い女性が通訳してくれたのですが、
彼女の“お姉さん”がいま日本の大阪で
働いていて。電話口にでているので
お話してくださいとのことです。

言われるままに、電話に出、妻も私も
大阪で働く“お姉さん”とお話しましたが、
さすがにお姉さんは日本語が流暢です。

そんなことで、イギリスで働く中国人留学生との
にわか交流が生まれましたが、彼女たちは学生とのこと。
とっさに“加油”という中国語を思い出し
紙に書きましたら「日本語で言えば『頑張れ』ですね」
と背が高い方の女性が応じてくれました。

一緒に写真をとり、あとで送りますと答えました。
アドレスを聞いていますので、これから
写真を送ることにしましょう。

日下公人さんが『食卓からの経済学』で
ロイズ保険会社が喫茶店から始まったことを伝える
文章の続きを抜粋させていただきます。

「コーヒー・ハウスは危険人物のたまり場と看做されていた。
そういう連中が保険を始めたのだから、
世間の人たちが、『怠け者たちが、額に汗して働かずに、
しかも他人の不幸をタネに金儲けをたくらんでいる』と
見たのも、無理からぬことである。

また彼らが適正な保険料を決定するために知恵を絞り、
それから200年たってみると、善人のやる商売ではないと
言われた保険業の過去を覚えているものは誰もいない。

それどころか、保険会社は立派な仕事と思われている。
保険料率の決定も、昔はバクチや賭けにおける
オッズ(倍率)の一種であったのが、今は
情報処理工学とかの名称で呼ばれる学問の対象となった。

何という変わりようだろう。
ちなみに、かのロイズ社の本社ビルの内部には、
16世紀のロイズ・コーヒー・ハウスと同じものが
一部屋造られており、『わが社のスタートは
この喫茶店からはじまりました。
どうぞコーヒーを飲んでください』と案内される。

ロイズは今ではコンピュータの端末で
外国為替や株を売買するシステムを世界に
売買しているが、それもかのコーヒー・ハウスが
ご先祖だと思うと感無量である。」
(日下公人『食卓からの経済学』)

さて、ロイズ社の社屋は“シルバーカラー”の大きな
建物で、ある著名な建築家が設計したもので、
今のロンドンの建築物を代表する一つに
数えられているようです。

私がそこを訪ねたのは土曜日で、
残念ながら中に入れす、18世紀の
ロイズ・コーヒー・ハウスでコーヒーをいただくことは
できませんでしたが、新しいビジネスが生まれ
それが次第に発展する歴史にふれることができ
私としては満足でした。

ロンドンの金融街区でイングランド銀行
や旧王立取引所を見、ロンドンの地図で
自分が立っているところを良く確認し、
を改めてロイズ社に向かいました。

私がロイズ社を訪れることに
固執したのにはわけがあります。
ロイズ社は世界一の保険会社ですが、
この会社の起源は17世紀ごろ生まれた
ロイズ・コーヒー・ハウスという
コーヒー・ハウスでその歴史が面白いからです。

「17世紀にロンドンで初めて保険業が誕生したとき、
世間の人は口々に『何という非常識、不道徳な商売だ』
と非難した。
ロンドンに最初に生まれたのは船舶保険で、
もし輸送船が沈んだら、その損をかぶってあげよう
というものであった。
植民地経営と海運業によって、
世界一の繁栄を享受していた大英帝国ならではの
発明であった。

海運業は、糸、コーヒー、小麦などのの
食品と紡績の原料である綿花をイギリスに運びこみ、
工業製品を運び出すのだが、初期には海難事故が多く、
10隻にい1隻は帰ってこない。

そこで保険は産業発展と資本の導入に貢献したわけだが、
保険関係者は他人の不幸を賭けの種にし、
しかも少しずつ利益を得ていたともいえる。

早く言えば、これは当時の道徳観からすると
許されざるインチキ商売であった。
また、保険に入る人もケシカランということになった。

《中略》加えて、保険を発明した連中に対しても
世間は快く思っていない。

というのも、彼らは正業に就かず、昼間から
コーヒーハウスに入りびたっている。(ちなみに、
この喫茶店の一つがロイズという店で、現在の保険会社の
由来となった)。」

以上は日下公人さんの『食卓からの経済学』の
一節です。ここに書かれたニュービスネス誕生物語が
面白いので、ロイズ社に向かったわけです。

知らないところに行っても、公共の交通機関が
利用できる場合は、できるだけ、タクシーでなく、
地下鉄やパスを利用するようにしています。

それらを利用すると、右も左も現地で
働いている人だらけで、単なる旅行者に過ぎない自分も、
たちまち、その地で働く人間に組み入れたれた
ような気持ちになります。

さて、ロンドンでも、地下鉄を利用して
シティ・オブ・ロンドンに向かいましたが、
乗った地下鉄の電車の椅子が面白い形をしています。

進行方向に沿う形で、長い椅子が並べられていますが、
その椅子に、一人分づつ、肘掛がついていて、
とても落ち着いた気分になりました。

面白いなあと思いながら、車内の風景を
眺め回しているうちに、メリルボーン駅につき、
そこで乗り換えてリバプール駅に着きました。

外に出ると雨で、地図を片手に、出会う人に、
「ロイズビルディングはどの方向ですか」
と聞くのですが、残念ながらうまく見つけられません。

たまたま、雨宿りをかねて、入ったビルで、
近くにイングランド銀行があることを教えられ
ようやく、自分たちがいまロンドンのど真ん中に
立っていることを確かめることができました。

そして、言われたとおりに動くと、
突き当たりの建物がイングランド銀行で、
Bank ob England Museumと書かれていました。

この日は、土曜日で、この博物館の
中に入ることができませんでしたが、
イングランド銀行の傍の建物もたいそう立派です。
本で確かめて、そこがRoyal Exchange
(旧王立取引所)で、自分がロンドンの
ど真ん中に立っているのだと感じることができました。

ベーコン“ブリティッシュ・ブレックファスト”
をいただいいたあと、ホテルのフロントに行き、
ロンドン市内の地図をお願いしました。

そして、その日、行きたい所の名前をあげ、
地下鉄の最寄り駅をマークしていただきました。

私が第一に挙げたのは、ロンドン東部の
新興大規模開発地域、カナリーワーフです。

ロンドンは古い建物を壊すことなく上手に使っていると
書きましたが、時代の要請で、ロンドンでも
大規模な金融街区の開発が進んでいて、
カナリーワーフというところにHSBCタワーとか、
シティグループ・センターとかの大規模なビルが
建造されているとのことで、人目みたいと思いました。

次に行きたいのは、“シティー・オブ・ロンドン”。
ロンドンの起源となる地域であり、大ロンドンの
東部に位置し、内部にはセントポール大聖堂があり、
イングランド銀行や、保険会社、株式取引所などが
密集する金融の中心地域です。

その中でも、訪ねたいのは保険会社ロイズ発祥の地と
イングランド銀行です。本を通して、17世紀末から18世紀に
置けるこの地域の繁栄をきいていますので、ぜひ
訪れたい。

その後には、テムズ河沿いに
開設されているシェイクスピアのグローブ座。
ホテルの受付の人には、今晩も明日も
予約は満杯の状況で、実際にグローブ座に行って
切符が買えないかどうか打診して欲しいと言われました。

そこから先は、歩きながら決めることにし、
ホテルの近くのグリーンパーク駅に向かいました。
そして、一日中、地下鉄とバスを乗り回せる
切符を買い、地下鉄の駅員さんに、
「カナリーワーフはどのラインに乗ればいいですか」
と聞くと、「技術的な理由から、その方面に向かう
ラインはクローズされています」とのこと。

頭を切り替え、ロイズ保険発祥の地、
ロイズ・オブ・ロンドンを訪ねるため
リバプール・ストリート駅に向かいました。

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