カテゴリ: 1300回〜

今から35年前の話しですが、
私が長男に与えた一つが算数、数学の基礎を
きちんと学ぶための環境づくりでしたが、
それ以上に、理科の基本を理解できるように
させてやりたいと考えていました。
と言うのは私自身、理科の基本が
勉強できていないことを自覚していたからです。

私は大学受験のとき文系のコースをとりましたが、
理科も2科目とる必要があり、生物、化学、物理、
地学の中から、生物、化学の二つの科目を選択し、
高校3年生の時は、この2科目の受験勉強もし、
合格点が得られるだけの力はつけました。

しかし、選択した生物や化学のほか
物理や地学など、広く理科の分野においては
「この勉強、楽しいなあ」と思ったことがなく、
本来なら小学校、中学校の時点でしっかり
身に着けておくべき基礎学力が欠けていて、
親が何がしかの手を差し向けなければ、
子供たちも同じようになるのではないかと
思っていました。

そういう意識がいつも頭の片隅にあったからでしょう、
当時は毎日新聞をとっていましたが、
新聞を見ると、大阪のある学校で、
子供たちがとても喜ぶ理科の授業が
行われているという記事が目の中に
飛び込んできました。

「これだ、これだ」と思って、記事を
はじめから終わりまで読み、その授業が
「仮説実験授業」と呼ばれているもので、
「板倉聖宣」(いたくらきよのぶ)と言う人が
提唱している授業であることを知りました。

いまだたら、すぐ、「仮説実験授業」とか
「板倉聖宣」を検索するところですが、
当時はそういうものはありません。
情報を得る場所は図書館です。
私は小倉にある北九州市市立図書館に行き
「板倉聖宣」さんが書かれた一冊の本を
見つけ、その中の一部をコピーしていただきました。
ここから私の「仮説実験授業」研究がはじまります。

私が子供たちの算数の勉強のため買った
遠山啓さんの『数学の学び方・教え方』は
1972年5月31日に発行され、
1973年3月30日に刷られたものです。

1973年と言えば、オイル・ショックが
あった年で、わが家では、三番目の
次女が生まれ、長男は幼稚園に通っていました。

この『数学の学び方・教え方』の末尾に
「もっと知りたい人のために」として
紹介されていたのが、
『わかる算数』1~6(麦書房)です。

遠山さんはこの『わかる算数』について
次のように説明しています。
「この本で述べられた
考え方にもとづいてつくられた
小学生のための教科書です。
教科書といっても文部省の検定を通っていませんから、
『非検定教科書』というべきでしょう。
だから、検定教科書のように無料ではありません。」

実際にこの『わかる算数』をとりよせてみると、
足し算、引き算、掛け算、割り算が
ます目を使って説明され、数式が
目で見てわかるようになっています。
これはいいと思いました。

そこで、長男が小学校に通い出すころ、
この『わかる算数』1を与え、自由な
勉強のための教材としました。

私たちはその後、転勤で、東京の中野区に
移り住むようになりましたが、
長男は『わかる算数』が気に入ったようで
良くこの『非検定教科書』に親しみました。

そして、5年生ごろに、遠山さんが
「小学生のうちから代数をおしえていくには
どうしたらいいかをくわしく書いた本」と
説明した、W.Wソーヤー『代数の第一歩』1
(みすず書房)を与えました。
実際に読んでみて、代数の仕組みがわかりやすく
書かれていて、面白いと思ったのです。

中野区の中野坂上にあった社宅の一室で
長男が、この『代数の第一歩』に取り組んでいた
姿がいまも思い出されます。

私は中学校の2年生の時から自分の希望で、
生まれ育った淡路島を離れ、西宮市の
夙川(しゅくがわ)という住宅街に下宿し、
中高一貫の進学校に通いました。

一番、得意な学科は英語で、
学校で教わる勉強とは別に、
自分で探してきた参考書を手引きに、
英語の勉強をしていて、そのため
実力テストはいつも1番か2番でした。

数学も同じような要領で勉強し、
成績は良かったのですが、数学については
基本のところがよくわかっていないことを
自覚していました。

たとえば、掛け算で、なにかの数字に
ゼロを掛けたらと、すべて答えはゼロ
だと教わりますが、なぜゼロなのかが
良くわかりませんでした。

「とにかく、どんな数字でも
ゼロを掛けたら、答えはゼロ、それがルールだ
と割り切って計算を進めよう」、
そう考えていました。

しかし、これが私の中に数学に対しての
“不消化感”を残していました。
それが、自分の子供がこれから学校に通う
という段階になって意識されるようになりました。

そこで、ある時、本屋さんに駆け込んで
遠山啓著『数学の学び方・教え方』(岩波新書)
という本を見つけたわけです。

いまでも、この本は私の手元にあります。
この本を開くと、本の末尾に
「もっとくわしいく知りたい人のために」
というガイドが書かれています。

そのページを見ると、子供に数学を
教えるための教材や参考書が紹介されています。

その主だった本で、長男は小学1年生から
数学を勉強するようになり、その結果、長男は
私よりもはるかに数学が良く出来るようになりました。

子供がだんだん大きくなっていくにつれて、
育児も妻任せではいけない、父親には
父親の役割があるという自覚が生まれてきます。
そして、わが子には「こうあってほしい」、
「こうなって欲しい」と願いを託すようになります。

ちょうど、長男が幼稚園に通うようになった時
妻の姉から、入園祝いにグローブやバットを
いただきましたので、そのグローブやバットで
親子でキャッチボールを楽しむようになりました。

また、当時、私は九州の八幡製鐵所に
勤めていましたが、私の職場では剣道が
とても盛んでした。
私も剣道の手ほどきを受けたりしましたが、
剣道は「礼に始まり、礼に終わる」スポーツです。

この運動は子供に礼儀作法を身につけさせるのに
良いと考え、私は長男を剣道教室に通わせる
ようにしました。

こうして、健やかに、そして礼儀正しく
育てるための環境を整えましたが、
私が長男にさらに期待したのは、
しっかりした基礎学力を身につけさせる
ことです。

普通、そいういうことは学校や
塾の先生にお願いするわけですが、
私の経験では、学校の先生や塾の
先生にいろいろお世話になたのですが、
その自分にしっかりした基礎学力が
身についていないのです。

私の場合、基礎学力がついていないと
自覚していたのは数学と理科です。
そこで、私はある日、本屋さんに行き、
本棚に一冊の算数の本を見つけました。

遠山啓著『数学の学び方・教え方』という
本です。以後、この本が長男に対する
算数学習の参考書になりました。

前回、わが家の長男が生まれた昭和44年、
直木賞作家の石原慎太郎(現東京都知事)さんが
『スパルタ教育』という本を光文社のカッパブックスから
発刊し、子供の教育について有益な助言を
いただいたと書きました。

たまたま、石原さんのインターネットに
その『スパルタ教育』での記述の一部が
紹介されているので、ここに抜粋させていただきます。

「我が家の個性、性格を決めるものは
父親である、おやじである。
おやじでなくてはならぬと、わたくしは信ずる。
なんといっても父親は家族の支柱であり、
その家の主宰者である。
かれはその結婚前すでに、男としての個性をもち、
それをやがて自分が持つ家に反映し、家をつくり、
家族をつくりあげるためにふさわしいと信じて、
一人の女を選び、妻にするのである。

女が男に積極的に求婚するならべつだが、
世の習慣が、求婚を男の義務と黙認しているかぎり、
女上位などというものはたわごとでしかない。
家の性格、そこに生まれてくる子孫の性格は
父親が与えなくてはならない。

その父親は現代の慣習、
あるいは法律さえも越えた、自分の個性を
十全に表現しきる彼自身の人生の法則を
持っていなくてはならぬ。
それは、その家の家訓となり、家風となり、
家族の心の掟ともなる。

そして、そのおやじの哲学こそが、
みずからがその代に主宰する家と家族を、
先祖たちにまして、みずからの手で培い、繁栄させ、
自分の先代までの祖先ができなかった
大きな人間の仕事を、自分でもなし終え、
子供たちにしとげさせていくよすがになりうるのだ。

平凡が美徳のように錯覚されている、
この画一化された時代に、画一化された男が、
どこにでもあるような人生観を持ち、
どこにでもあるような家庭をつくったところで、
それがなにになろうか。」(石原慎太郎「スパルタ教育」)

この本にはこのように「父親よ、かく強くあれ」
という論調のメッセージが随所に、込められ、
子供をどう育てていけばいいかについて指針を
いただきました。

ちなみに、石原さんが芥川賞を受賞された年、
直木賞を受賞されたのが邱永漢さんですが、
当時は邱さんの存在には全く気づいていませんでした。

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