カテゴリ: 900回〜

八幡製鉄(現在の新日鐵)の堺製鉄所に
勤めていた頃、たいへんお世話になった
西田淳一さんからのお誘いに乗り、
私は去る、2月18日、新橋の美々卯(みみゅう)
というお店に行きました。

私と西田さんのほか
4人の旧友たちが集まりました。
私が八幡製鉄に入社したのは昭和40年で、
西田さんは昭和41年に入社しましたが、
集った友人たちは昭和42年、43年、44年、
そして八幡製鉄が富士製鉄と合併して
新日鐵になった45年に入社した友人です。

いずれも昭和40年から45年くらいの間
大阪府堺市の地で、一緒に机を並べて仕事をし、
そして楽しく遊んだ仲間たちです。

今も年賀状だけは出していますが、
長い間お会いすることの無かった人たちです。
でも昔仲良くしていた人たちですから、
すぐ本音の話に
入ることができます。

特に、付き合いを始めた頃はお互い20代で、
バカ丸出しの愚行を
重ねていますので、
お腹を抱えて、
笑い出すことが多く、
腹の底から笑うという
体験をさせていただきました。

実は、私は同窓会とかの類は、
原則として参加しないことにしています。
昔の仲間と会うと、昔話に終始しがちで、
未来に目を向けて生きていくのが大切と
考えている自分には益するところが少ない
と考えてのことです。

実際この日も、話題の中心は昔話でしたが、
本当に親しい間柄の人たちの集まりでしたので
お腹の底から笑うという体験をさせていただき、
これはこれで新しい発見でした。

一ヶ月ほど前、八幡製鉄(現在の新日鐵)の
堺製鉄所に勤めていた頃に仲良くしていた
西田淳一という一年後輩の友人から
電話をいただきました。

西田さんとは、所属する職場は違いましたが、
たいへん親しくし、当時、私は結婚した後、
どこに住もうかなと頭を悩ましていましたが、
彼が南海電車の諏訪ノ森駅から10分ほどの
距離にある大きな家の離れを探してくださいました。

おかげで私と妻はその家で、
新婚生活をスタートし、
長男もこの家で育ちました。
そんなことで、西田さんが金沢市で
結婚した時は私は妻と2歳か、3歳になっていた
長男を連れて金沢に向かい、
披露宴に出席させていただきました。

西田さんとはその後、
千葉の新日鐵君津製鉄所に
勤務した時も一緒になり、
社宅も同じで、長男だけでなく
長女も次女も可愛がっていただいていました。

そんな間柄の西田さんは新日鉄退社後、
関連会社の役員をつとめ、その後、
郷里のご両親の面倒を見るとのことで
ご郷里の石川県加賀市に戻られました。

ということで最近は年賀状だけの
お付き合いが続いていますすが、
西田さんは、しばしば東京に出てこられ、
後輩たちと懇親しているとのことです。

そして、近く同様の懇親会を開き、
集まるメンバーは私が親しくしていた
後輩たちばかりですから、
顔を出してくださいとのことです。
私は喜んで出席させていただきます
と答えました。

トロントにお住まいの日本人の方が、
私の次女が結婚したことについて
お祝いのメールを送ってくださいました。

その方は前に送ってくださったメールで
台湾人の女性と結婚されていて、
3歳と4歳半のお子様をお持ちと
書いておられました。

その関係で、ご家庭では
ご自身とお子様とは日本語、
奥様とお子様は中国語、
そしてご自身と奥様とは英語
で会話し、これら3ヶ国語が
交わされているとのことでした。

そして、この方は、お子さんたちが
世のルールを守り、他人に迷惑をかけず、
また自分お親たちの言葉を話せるようにするには
親が子育てに力を入れることが重要で、
下のお子様が小学校に通うようになるまでは、
外に出ての仕事はやめ、お子様の育児と家事に
専念するという育児最優先の生活をされている
とも 書いておられました。

私は、お祝いのお言葉をいただき、
そうしたことが書かれたメールを
以前、いただいたことを思い出しました。

また、私も子供の養育には
わりに熱心であったことを思い出し、
次のようにお返事しました。

「子育てにはいろいろな関門があります。
また山あり谷ありの歩みを続けることにも
なろうかと思います。
でも、いつかそれらのことを楽しく振り返り、
同時に、その先に新しい期待を寄せる
ことができる時期があると思います。
力いっぱい、子育てに精を出し、
楽しんでください。ありがとうございました」と。

子育てには父親の役割も重要です。

このところ、次女の結婚について
書き続けてきました。

次女が結婚したのは2月23日で、
その翌々日の25日から、
このことについて書き始めました。

その翌々日の27日、ある方が
お祝いのメールを送ってくださいました。

「戸田敦也先生、
ホームページより、
お嬢さんの結婚式についての
お話を読ませて頂きました。

先生の書かれた文面から、
大変喜んでおられる様子も伝わり、
思わずお祝いのメールを送っております。

3人のお子さんを全て立派に社会に送り
出されたことで、お喜びもまたひとしお
のことと拝察いたします。

お嬢さんのご結婚、
本当におめでとうございます。」

このメールを送ってくださったのは
カナダのトロントでご活躍されている
日本人男性です。
たしか、お二人のお子様を
お育てになっておられます。

この方とは昨年の12月ごろ
邱永漢さんの株の投資についての本を
2冊ご注文くださったことで
少しばかり交流が生まれました。

私は本のご注文をいただいた時、
わざわざ太平洋を越えてご注文いただいたことに
感激し、『損をしないで株と付き合う法』
も役に立つだろうと思ってお送りしました。

このことで、少しばかりメールの応答を
させていただいたのですが、この方が
お二人のお子様をお持ちで、いま
そのご養育に力を入れておられることを
思い出しました。

そして自分も、かつては、かなり熱心な
教育パパであったことを思い出し、
早速に、お礼の返事を書きました。

私の次女がご指導をいただいている
先生の叔母様に、茶道の師匠として、
また現代童画会という絵画の分野でも
大活躍されておられる方がおられます。

1922年(対象11年)のお生まれで
今年86歳になられます。
たまたま、私の妻は横浜美術館とか
町田美術館で木版リトグラフの製作に
取り組んでいるのですが、先生の叔母様が
このことに
ご興味をお持ちになりました。

そしてある日、町田美術館で木版リトグラフを
製作している妻を訪ねられました。

こうしたことがご縁で、妻は叔母様が
活躍されている現代童画会に出品したり、
また叔母様が主宰されているお茶の会に
次女と共に参加させていただくようになりました。

このようにして、妻と娘は
娘の先生の叔母様とも親しく交流させて
いただくようになりましたが
妻が、先生の叔母様から聞かれるままに
娘の近況をお話しすると、叔母様は
甥(娘の先生のことですが)は仕事一途の人で、
その元で仕事一点張りの生活を続けていると
大事な婚期を失ってしまうと
強く警告されるようになりました。

叔母様は警告するだけでなく、実際に
ご自分のおつきあいの筋をたどって、
娘のパートナー探しに力を
注いでくださるようになりました。

その結果、次女はめでたく結婚に
こぎつけることができたました。

国際的な広がりの中で、
仕事をする機会をいただき、
また婿探しまで手伝っていただき
先生と先生の叔母様には、

私どもは全く頭が上がりません。

と同時に、色々な方々の人生設計の
相談を受けている私としては、
次女が職場の上司やその親戚筋の方から

深いご好意を受けるようになったキッカケは、
就職一年目に思い切って転職したことにある
ということに思いを致さないわけに行きません。

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