カテゴリ: 3200回~

今年の戸田ゼミの忘年会には
平本裕志氏をご招待します。

平本様は邱永漢先生が旗を振って
ベトナムの首都、ハノイに設立された
ジャパン証券の2代目の社長と大活躍されました。

おかげで、私と友人達は、
時にハノイ、またときにホーチミンと
上場会社訪問を繰り返させていただきました。

その回数は2009年以降8回に及び、
おかげで私達はベトナムの上場会社に
親しみを感じるようになりました。

そうした訪問の場を設営いただき、
ご支援くださったのが平本社長です。

その平本様が4年半の勤務を経て、
11月1日で、日本アジア証券執行役員に昇格され、
ベトナムほか香港などASEAN向けの仕事に
従事されることになりました。
まことにおめでたいことです。

丁度、タイミングが良いので、
平本社長を忘年会にお招きし、
これまでのご支援に感謝するとともに
今後益々のご活躍を祈念させていただきます。

私はベトナムがWTOに加盟した2007年から、
ベトナムに通い、上場会社の訪問を続けています。

どうして、ベトナムに目を向けたというと、
今から20年も前の話ですが、
邱永漢先生が、中国の次に発展するのは
ベトナムではないかと、おっしゃたからです。

邱先生は経済発展の源泉は
よく働く人たちがいるということで、
ベトナムの人たちは勤勉だから
やがて、ベトナムの経済が発展するだろうと
おっしゃったのです。

果たし、本当にそうだろうか、
周辺の人たちからそのことを聞き、確かめる
ところから、私のベトナムへのアプローチが始まりました。

それから、7年の年月が経ちましたが、
邱先生の予見は的中しました。

まず、私たち日本の会社という会社が
ベトナムに向けて、人もお金も
投じ続けています。

ベトナムの人たちがよく働く資質を持っているから、
多くの会社がベトナムに人とお金を投じ、
事業を進出させているのです。

またベトナム人が経営する会社が
年々、力をつけています。
売上高を見ても、利益の高を見ても、
着実に拡大しています。

そうした流れを背景に、
ベトナムの人たちの消費力が
年々、高まっています。

ユニチャームや、イオンや
高島屋がベトナムに進出するのは
ベトナムの人たちの暮らしが
向上していることに着目してのことです。

こうした動きをみると
「中国の次はベトナムではないか」
という邱先生の予見は完全に的中したと
言えると、私は考えています。

連戦連勝のベトナムが
周りを見回すと、自分たちの国がたいへん
貧しいことに気づきます。

そこから、これではいけない、
別の道を考えなかればいけないと考えるようになります。

そうしたなか、ドイモイ政策(改革政策)を
提言したのが、かつて、南ベトナムの政府に
勤めていたグエン・スアン・オァインという人です。

かつて、日本の三高、京大に学んだ方です。
『ドイモイを甦れーゆたかな社会をめざして
発展的ドイモイの提言』(発行 ピスタ ピー・エス)
という本を2003年に刊行されています。

ベトナム経済の舵取りを大きく変えた
提言書ですので、ベトナム経済の現状と
将来に関心の方はお読みになるといいと思います。

また早稲田大学の坪井善明教授が、
2008年に書かれた
『ヴェトナム新時代―「豊かさ」への模索』
(岩波新書)
もベトナムの現状と将来方向を探る上で
有益な本だと私は考えています。

北ベトナムと南ベトナムに分かれていましたが、
ベトナム戦争の結果、北ベトナムが南ベトナムを
支援していたアメリカを倒し、ベトナムは
北ベトナムにおより、統一国家になります。

私たちの多くは
ベトナムにおける戦争はそれで終わりと
思っているですが、そのあともベトナムは
近隣国と戦っています。

その時もベトナムは勝ち、
「俺たちは強い」と誇ったことでしょう。

ただ、戦争が終わり、ゆっくり周囲を見回したとき、
ベトナムの人たちは気づきます。

「自分たちの暮らしは貧しい」ということに。

ここから、ベトナムの人たちは
自分たちの経済の仕組みを変えないと
いけないという思いにかられるようになります。

そうして、打ち出されるようになったのが
「ドイモイ」政策です。

ドイモイとは変わる、チェンジするという意味です。

ベトナム戦争とは、
ベトナムは、「サイゴン」を首都とする
「南ベトナム」(資本主義)と
「ハノイ」を首都とする
「北ベトナム」(社会主義)の2つの国で
戦われた戦争です。


そして、「南ベトナム」の首都であった
「サイゴン」が陥落され
「サイゴン」は南北統一をした
共産党指導者ホー・チ・ミンの名をとって
「ホーチミン」となりました。

いま、私たちが「ホーチミン」を訪れると
「統一宮殿」というところに案内されますが、
ここは、統一前は、「南ベトナム」の
大統領宮殿
(大統領府と官邸)として
使用されてきたところです。

ここに、「北ベトナム」の戦車が
鉄条網を踏み倒し、敷地内へ乗り込み、
ベトナム民主共和国の旗を掲揚し、
15年に及んだベトナム戦争が
終結しました。

そういう意味で、ホーチミンの
「統一宮殿」はベトナム戦争が終わり
ベトナムが、南北統一された
社会主義国家として再建に向けて
動き出したことを象徴する建物です。

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