成都は「三国志」の舞台の一つと
聞いていましたので、その関係の本を読みました。
そして、「三国志」の英雄達を祀る「武候祠」を訪れました。
この施設について、邱先生は次のように説明されています。
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歴史に詳しい人なら、成都が三国志に出てくる
蜀の国の都であったことがわかります。
劉備が軍師の諸葛亮孔明に
「ここは、天然資源に恵まれて人口が多い上に、
東から攻め込まれても道が一本だけでそこを守れば、
曹操、孫権と天下を三分して国を維持して行けます」
とすすめられ、入植したところです。
ただ、後を継いだ劉禅がバカ息子であったために、
劉備が死に、孔明が陣中で没すると支えきれなくなって
亡国の憂目にあっていますが、
中国人も基本的には
判官びいきのところがあるのでしょう。

成都に行くと、武候祠という
諸葛亮孔明を祭っている廟があります。
劉備が正殿に祭られ、孔明は後殿に祭られていますが、
その名前でもわかるように、
人々が尊敬しているのは智謀があって、
しかも忠誠心を貫いた孔明です。
その孔明を見出して三顧の礼で劉備が迎えたのが
孔明28才の時ですから、昔も今も
人材の有無が天下取りの
分かれ目になることがわかりますね。」
(出典:「もしもしQさん」 2000年7月4日(火))