2015年09月

邱先生が成長経済下の日本と
同じく、成長経済下の中国で、
その後の交通事情の発展で
ブームを呼び込みそうな会社の株を選ぶ
二つの経験を見てきました。

日本では、自動車の増加が
道路の拡張をもたらすので、
トンネル掘削専門の会社と、
橋梁建設会社が伸びると予測し、
それがピタリと的中し、
都心でビルを建てるという
儲けをもたらしました。

他方、中国では、いずれ
バイクが増えるだろうと読み、
バイク・メーカーの隆盛を予測したものの、
これが外れ、さしたる儲けを手に入れることは
できませんでした。

この二つの経験から、
株式投資においても、世の変化をどう読むかが
儲けを大きく左右することがわかります。

つまり、株で良い成績を挙げようと思ったら
的確に先を読むことが必要で、
そのため先見力とか推理力というスキルを
磨くことがたいへん重要だということになります。

 

 

「成長株の株価が期待通りに値上がりするためには、
その会社の業績が順調に成長する必要があります。
そのためには先ずお目当ての会社のやっている業種が
その時代の成長産業であるかどうかが何より大切です。

私が中国株に着目した10何年前は、
まだ中国経済が今日ほど発展しておらず、
それまで国営事業だった銀行や不動産会社や家電メーカーが
お化粧なおしをして
上場したばかりだったので、
私自身もおっかなびっくりで
どれにしようかときょろきょろしていました。

一番安全なのは、銀行とか、石油や電力の会社とかの、
国営事業でしたが、そうした中から次に成長する産業は
何かという角度で見ると、
どうしても先進国である日本や中国より
一足先に工業化の進んだ台湾で起ったことが頭に浮んできます。

日本だっていきなり自動車ブームになったわけではありません。
自転車の次にオートバイが普及して、
その後にマイカーの時代が来たのです。

ですから中国でも自動車の前にオートバイが普及すると考えた私は
オートバイのメーカーはどこだとさぐりを入れて、
山東省の省都済南市にある済南軽騎の株を買い、
わざわざ団体を組んで、現地まで見学に行きました。

しかし、今と違ってトップの人たちも出て来なかったし、
中国の各地で地方によって
オートバイを禁止する動きが見えたので、
株価が上がるどころか、逆の方向に動きはじめました。
とりわけ上層部が会社の金で株に手を出して
かなりの損害をあたえたことが露見したので、
私も嫌気がさして株を売っ払ってしまいました。

これが中国株で損を出した私の第一号ですが、
先ず間違っていたことは日本や
スモール・ドラゴンズに起ったことが
必らずしもそのまま中国でも起ると思い込んでいたことであり、
第二は経営を預っている人の能力と
人格をさして考慮しなかったことです。
1つ目は一ぺんでこりましたが、
2つ目は今なお私を苦しめている重大な問題であり続けています。

(出典:もしもしQ:「経営者の能力と人格が大問題」 第4165回 
 2011年8月5日(金))

中国一番の オートバイ・メーカー、済南軽騎株
購入の失敗談です。

「今でもホーチミン市やハノイ市に行くと、
オートバイが広い通りを埋め尽して川のように流れています。
はじめて見た時はとてもびっくりしました。
すぐそばでまだオートバイを買えない若い男の子が
自転車のハンドルを握って羨しそうに眺めていたのが
今も印象に残っています。

台湾では中国に比べて一足先に経済の成長がはじまり、
私が自分の故郷に自前で工業団地をつくった時、
次はマイカーの時代になると考えて
工員の駐車場までつくりましたが、
実際に猛烈な勢いでふえたのはオートバイでした。
日本ではオートバイの数はうんと少なくなりましたが、
台湾は今もマイカーと共存共栄しています。
オートバイの方が通勤にも便利だし、
ガソリンの節約にもなって衰える様子は見えません。

ですから開放政策がスタートして
人々のふところ具合が豊かな方向に向いはじめた時、
私は中国も必らずオートバイ・ブームになるだろうと考えて
中国でトップを走る済南軽騎の株を買い、
山東省の省都である済南の本社工場まで見学に行きました。
当時の済南軽騎は豊田市におけるトヨタのような存在で、
どちらを向いてもその広告が目につきましたが、
実はその時が済南軽騎の黄金時代で、
その後、売り上げもストップしただけでなく、
経営のトップが会社のお金を使って
株か何かで大きな損失を出し、株価は大下げに下げてしまいました。

どうして斜陽化したかというと、
オートバイに乗ると暴走したり、割り込みをして事故が続出し、
上海や北京をはじめ、
どこの大都市もオートバイの乗り入れを禁じたのです。
オートバイをつくっても売れなくなってしまったのです。
おかげでオートバイは成長株どころか、
斜陽産業になってしまいました。
そんなことを勘定に入れていなかった私は
ひどい目にあわされましたが、
あの頃はケチケチして
5万株とか10万株単位で仕入れていましたから、
損したと言っても大事に至るほどではありませんでした。
今なら大へんなことになりますが。
(出典:もしQ 第3696回
ベトナムの大産業でも中国では斜陽産業
2010年4月23日(金))

 

 高度成長が始まったばかりの日本で
邱先生はマイカーブームがもたらす余波を
見事に推理し、株で儲けたお金でビルを建てる
という離れ業を演じます。
でも、そんな先生も、中国でオートバイの
普及を予測し、これは失敗でした。

「私は日本で経済の成長を体験し、
そのあと台湾や韓国でも同じ動きを見てきたので、
次々と新しい変化が起っても少しも驚きませんでしたが、
その発展の順序やスピードについてはいくつも勘違いをしました。
日本は既にマイカーの時代に入っていましたが、
マイカーになる前にオートバイのブームが日本でもありました。
ホンダやヤマハだけでなく、
オートバイが一世を風靡した時代があり、
うちの息子たちが暴走族の仲間入りをして、
親をさんざ困らせたことがあります。

現に台湾やベトナムでは
今もオートバイ・ブームが衰えていませんが、
後発組の中国でも必らずオートバイのブームが
マイカー族の発生する前にあると確信した私は
中国の何社かあるオートバイ・メーカーに目をつけて
さんざんな目にあわされたことがあります。
株ではこちらもうっかり暴走してしまったのです。」
(出典:もしQ。第3695回 成長株の見立て違いで暴走することも)

 自動車ブームが来たら、
トンネルと鉄橋の会社に陽が当ると邱先生は確信して、
佐藤工業(トンネル工事専門の会社)と
宮地鉄工(橋梁会社)の株を取りあげ、
この予測がズバリ的中します。

とくに、佐藤工業株を買い直したことが、
邱先生にビルを建てるという楽しみをもたらしました。

「自動車ブームが起れば、必ず道路の開発が必要になる。
道路工事がふえれば、
必ずトンネル屋と橋梁屋の商売が繁盛する。
日本でトンネル工事で1、2を争う企業はどこだと言って
探しあてたのが佐藤工業でした。
1株290円で当時の店頭株(いまの2部市場)に
上場したばかりの佐藤工業を買ったら
間もなく倍額増資になり、
290円に50円足して1株が2株になったので、
私の原価は1株当たり170円になりました。

それがたちまち350円に値上がりしたので、
倍ならいいだろうと言って全部売ってしまいました。
そうしたらあッという間に500円にはねあがったので、
どうしてだろうと首をかしげました。
たまたま週刊誌から
『会社拝見』という連載を頼まれていたので、
京橋にあった同社の東京支店に
当時の社長であった佐藤欣治さんに会いに行って
わけをきいたら、
『黒部ダムの工事が完成して
 それを一挙に決算に計上したので、
 今期は売上げも利益も倍加したんですよ』
と説明された。

ふつう一度売ってしまった株を
高値で買い戻す人はあまりいませんが、
私は500円で買い戻した上に
更に有り金をはたいて同社の株を買い増しました。
そうしたら何と1,300円にまではねあがったのです。
私はその株を売って
渋谷の東急本社の隣に小さな土地を買い、
地下1階地上4階のビルを建て、
このビルに「マネービル」という名をつけました。
これが東京で私が建てた1軒目のビルで、
そのビルを建てる元資は
佐藤工業の株がもたらしてくれたものでした。」
(出典:もしQ 第802回 株の儲けでビルを建てたこともあります。
『メシの食える自信ありますか』)

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