2015年01月

株式投資を行なっている人にとって
身近に感じられる邱先生の「原則」は
「株の原則」でしょう。

実際、タイトルそのものが『株の原則』
という本が出版されていて、読まれた方も
多いと思います。

この『株の原則』のオリジナル本は
『邱永漢の株入門』という本で、私は
昭和58年(1983年)の11月30日に上野駅構内の
売店で見つけ、埼玉県の深谷に行く車中で読み、
翌日の12月1日、東京から当時住んでいた木更津の
駅に向かう道中、千葉駅で読み終えています。

『いま、お金がないけれど、
おそらく来年くらいには
株の初体験をすることになるだろう。
著者の正直さが伝わってくる。
たいへんわかりやすく書かれ、
家族にも読ませたい。」
とメモしています。

普段、こういうメモを書いたりしないのですが、
わざわざこういうことを書いたのは
書かずにはおれないような気持ちになったからです。

前回紹介した邱永漢著『原則がわかれば生き残れる』
の「まえがき」の続きを引用します。

「恐らく当たらなくなったものも
数多くあろうが、私がうまく言いあてたものだけを
整理してくれたら、本書のような体裁になった。

お読みいただければおわかりになるように、
戸田さんの目にはほとんど教祖的存在に映っているけれども、
私は試行錯誤の人生をつづけてきたごく普通の人間に過ぎない。

従って、もし私の語録がいくらかでも
皆さんのお役に立つとすれば、
世の中を動かす原理、原則について
私が指摘した発想を
皆さんがなるほどと納得して、
自分の思考の基準として受け入れた場合だけであろう。
別に金科玉条というほどの堅苦しいものではないので、
電車の中ででも、ベッドに寝転がったままでも、
お読みいただければよろしいかと思う。」
(邱永漢著『原則がわかれば生き残れる』)

邱先生の『原則がわかれば生き残れる』を
編集、解説させていただいて、もう20年になります。
19歳下の後輩がまとめたこの本の「まえがき」で、
先生は次のように述懐されました。

「だからと言って、金銭のエキスパートと思われるのは
不本意だと言っているわけではない。
経済とか、景気とか、
世の中の複雑な変化を見ているうちに、

私はその流れを決定づける風潮とか、
そういう風潮を支配する原理に気づくことが多く、
その度毎にそれを文章に表してきた。
自分ではその時々の感想を述べただけで、
何か大それた発見をしたと考えたことは全くないが、
何十年もたってみると、それなりの真理をつたいものだ、
と支持してくれる信者やファンが現れるようになった。

その中の一人であり、
且つ私の東大経済学部の後輩であり、
新日鉄の部長であった戸田敦也さんは、
私の全著作をすべて通読しており、私の言動についても
私よりも熟知している。
何よりも、世の中の動きをとらえるにあたって
時間の淘汰に耐えてきた邱セオリーに通暁している」
(邱永漢著『原則がわかれば生き残れる』。平成6年。)
この後の続きは次回で。

私がはじめて編集、解説した
邱永漢著『原則がわかれば生き残れる』
が世に出たのは平成6年です。

日本でバブルが崩壊したことが
誰の目にも明らかになり、
多くの人が
大混乱に陥った時でした。


こうした事態のなかにあって
邱先生は「はじめに」の「前」に
一稿を設け、次のように書きました。

「空前の大不況の中で、
日本国中の人々が迷いに迷っている。
こういう時は未来ビジョンも必要だが、
原則にかえることが大切である。

原則とは歴史の流れの中を一貫している
不変の傾向もあれば、人為的に
抑え込もうとしても抑えのきかない
経済原則もある。

そうした原則を自分なりにキャッチして、
私は自分の行動の基準にしてきた。

おかげでバブルのさなかにも投機に
走らなったし、バブルが崩壊しても
躓(つまず)かないですんだ。

いま私が守ってきた
それらの原則が役に立つ時が来たと
友人たちは言う。出版社も一緒になって、
私の数多い著作の中から、そうした原則を
選び出したのが本書である。」

人間の営む経済活動の中に見える
不変の傾向を「原則」としてとらえだし、
かつ、且つ、それを
「自分の行動の基準」とされてきた姿勢を
読み取ることができます。

私がはじめて、邱先生の著作にかかわる
仕事をさせていただいたのはバブルの退潮傾向が
ハッキリしてきた平成6年のことです

その頃、邱先生の多くの著作のなかから
私の人生開拓に大きな影響を与えてくれた
作品を一冊の本になる程度に選び、
解説させていただき出版社に届けました。

私が出版社に届けた原稿の束を
出版社の編集子が
邱先生に届けると、
先生は原稿に目を通された上で
本のタイトルを
『原則がわかれば生き残れる』
と決められました。

そのことを出版社から聞いて、
私はビリビリと身体のなかに
電氣が走ったような感じがしました。

「原則」の二字が
私に強烈な印象を与えました。

「『原則』に忠実に生きておれば
人生を生き抜いていけるんだ」
と、当時、不安定な環境に身を置いていた
私は感じ、また励まされているような
感じになりました。

今から思えば、私が選んだ邱作品は
人生を生き抜いていくために
拠り所とした「原則」だったのです。

それから、20年の年月が経ちましたが、
私は何とか生き残ることができています。

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