2014年09月

マカティ中心部の高級ショッピングセンター
「グリーンベルトモール」の一角に、
フィリピンを代表する財閥アヤラグループが
1967年に設立した歴史ある美術館
「アヤラミュージアム」があります。
歴史と美術のミュージアムです。

フィリピンのミュージアムなどを紹介ているブログによると、
展示内容は次のようです。
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1Fは時期ごとのエキシビション、
2Fはフィリピンの歴史を精巧なジオラマで展示。
太古から現代までこの国がたどった道を、
リアリティあふれる展示で学ぶことができます。
受付で各ジオラマの日本語の解説書の貸し出しも有り。
3Fは油絵などの絵画を展示。ミュージアムショップも併設。
4Fは金細工や、18~19世紀に作られた
ハンドメイドの伝統衣装などを展示しています。
その他、写真や漫画など時期に応じた展示が開催され、
フィリピンの文化を体感できる貴重な空間です。
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土日は10:00 a.m. 〜 7:00 p.m.の時間帯で
営業しているよう。
フィリピンの歴史に興味があるので、立ち寄ってみたい。

 

日本経済新聞が、今年6月、標記のタイトルで、
アヤラ・コポレーションの現状と将来方向にるいて
次のような記事を掲載しました。
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19世紀のスペイン統治時代から続く名門財閥で、
「アヤラ」といえばフィリピン経済の代名詞のような存在だった。
ところが経営陣は危機感を強めている。
小売り最大手SMグループや複合企業サンミゲルなどが台頭し、
存在感を増しているからだ。

マニラのビジネス街マカティの大地主であり、
不動産、金融、通信が経営の柱。
スペインの血をひく6代目当主
ハイメ・アウグスト・ゾベル・デ・アヤラ会長は
ハーバード・ビジネススクールで経営学修士号(MBA)を取得、
一族の帝王学を学んだ。
同氏が描く戦略は、電力・交通インフラへの参入だ。

5月に南部ミンダナオ島に総額10億ドル(約1020億円)
の火力発電所を建設すると発表。2017年までに稼働させる。
建設や資材調達で中国の上海電力建設と協力する。
北部ルソン島の風力発電事業へも出資。
発電能力を16年までに100万キロワットに高める。

交通では、官民パートナーシップ(PPP)事業1号案件の
「ダーンハリ・南ルソン高速道の接続道路」建設を受注したほか、
大規模案件である高架鉄道の延伸工事にも入札した。
インフラ分野に16年までに8億ドル(約800億円)を投じる計画だ。

フィリピンは13年に国内総生産(GDP)が7.2%成長。
人口増や経済成長に伴い、インフラ整備の需要はさらに増す。
アヤラ会長は株主向けの声明で
「電力や交通は数年で新たな収益源となり、
我々のビジネスを進展させるだろう」と述べた。
だがインフラは成長著しいSMなどの競合も狙う分野だ。
伝統ある一族が新興勢力に対峙し、成長を取り込めるのか。
180年を経てアヤラの経営は新たな段階に入った。
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フィリピン最大のアヤラ財閥とは
どういう歴史を持つ集団なのでしょうか。
以下に、renaissancejapanさんによる
説明を引用させて頂きます。

『近代的な財閥ということでは、

フィリピンのアヤラ財閥(スペイン系)が、
日本を含むアジアで最も古い歴史を持っています。
ご存知、フィリピンという国名も、
1542年にスペイン皇太子フィリップ2世の名から
フィリピナス諸島と名づけられた事に由来しています。 

1834年に、ドン・ドミンゴ・ロハスと
ドン・アントニオ・デ・アヤラの二人が、
「カサ・ロハス」という合名会社を設立した事から始まります。

この会社は、綿花と砂糖の栽培・取引を事業としており、
後に社名を「アヤラ・イ・コンパニア」と改称し、
アヤラ一族はバタンガスでの土地取得、
セブの炭鉱経営、さらにマニラでのアルコール工場買収など、
事業の多角化を進め、20世紀初頭には広大な農地で米や家畜用飼料も栽培していました。
1968年になると、アヤラ・イ・コンパニア社は、
近代的な株式会社へと移行し、
「アヤラ社(アヤラ・コーポレーション)」となり、
不動産会社アヤラ・ランド社、
フィリピン最大の金融機関フィリピン・アイランズ銀行や
損保、生命保険会社、テレコム、自動車、食品、農業、水道、
化学、エレクトロニクス企業も傘下におさめる総合財閥と発展しています。

最近では、シンガポール・テレコム社と合弁で、
グローブ・テレコム社を設立し、フィリピンのIT革命の一翼を担うなど、
ここにも、かつては世界を支配していた、
カトリックの盟主のスペインの影があることを忘れてはなりません。」
(出典:http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/836.html)

あるとき、若い人たち数人と、
海外不動産の投資について
勉強する機会を持ちました。

そのとき、参加した人のなかに
「マニラでの不動産投資に興味を持っている」
という人がいました。

別の人が、それを聞いて
「やはり、マカティ地区の物件でしょうか」
と聞くと、件の青年は
「そうです」と返事しました。

私自身は、マカティのことを
何も知らなかったのですが、
この二人の会話を通して、
マニラのマカティ地区が
日本の若い青年たちの間で
関心の的になっていることを知りましした。

ですので、今回、マニラを訪れることに
なったとき、迷わず「マカティ地区のホテル」
に泊まることにしました。



 

マニラ・マカティ地区とは
どういうところでしょうか。

ウイクペディアは次のように解説しています。

「マカティ市 (Makati City) は、
フィリピンのメトロ・マニラと呼ばれる
マニラ首都圏に属する都市である。

首都マニラの南東に位置し、
シティバンク、インテル・フィリピン、マイクロソフト、Nestle
などの企業が多く集まり、
高層ビル群が立ち並ぶ
フィリピンのビジネス首都の位置付けをされ、
『フィリピンのウォール街』と呼ばれる副都心である。

アヤラ通り (Ayala Avenue) 周辺や、
アヤラ・センターのあるアヤラ駅前などが街の中心地。

また中心から少し離れたところにあり、
広大な敷地を持つフォート・ボニファシオは
現在再開発中である。

2007年、元々アメリカ統治時代に開発し、
高層ビルやショッピングモールが集中する付近の土地は、
フィリピンを代表する裕福層の
『アヤラ一族』の所有である。」

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