2014年07月

私たち夫婦がシンガポールで泊まったホテルは
マリーナ(海岸部)の一角にあり、新名所、
マリーナ・ベイ・サンズがよく見えます。
シンガポールを訪れた以上、ここを見ないわけにはいきません。
朝、タクシーでここを訪れました。
「シンガポールにできたマリーナ・ベイ・サンズは
新しい顔になっている。その奇抜なデザインはひときわ目立つ。
3つの高層タワーの上に船の形をした空中庭園やプールが乗っており、
「天空の船」と呼ばれている。
地震が無い国ならではの発想であり、日本では怖くて建築できないであろう。 
2010年にオープンし、ホテルやショッピングセンター、
カジノなども含めた大規模な総合リゾート施設として大変な人気である。
地上200メートル、55階建ての高層タワー
ホテルであり、
屋上の展望台からは、真下にマーライオンや
シンガポール中心街がよく見え、
遠くにはインドネシアの島も見え圧巻である。
屋上のプールで泳ぎながらの眺望には空中遊泳さながらの錯覚を覚える。
そして、「シンガポールは新しいことに挑戦していく」
という意欲が十分伝わってくる。」
(出典:NTTデータ『世界の街角で見た文化・歴史』NTTデータ)

シンガポールのギルマン・バラックを見た後、
市内にもどるため、タクシーに乗ろうとしましたが、
タクシーが全くつかまりません。

やむなく、港(マリーナ)の方に
向かうと思われる
バスに乗りました。
バスはゆるやかに山を下り、
海に近い方に下っていきました。

さて、どこで降りたらいいかが
さしあたりの重要問題ですが、
バスに乗り込んできたビジネスマン風の
青年に聞くと、自分もマリーナの方向に行くので、
自分が降りるところで
降りて下さいとのことで
ラッキーでした。

そして、降りたのが、遠方に
マリーナベイサンズが見える海岸部です。

おなかが空いていたので、イタリア料理の
レストランで、スパゲティ・ボンゴレを注文。
なかなか美味でした。

そのあと、少し歩いて、
マリーナベイサンズのそばに立っている
大きなショッピングセンターの中に入りました。

そこには、昔のシンガポール港の賑わいを伝える
写真の数々が展示されていて、興味を惹きました。
港には港内の運搬作業に従事する小さな小船が
ひしめいています。

昨年、夏泊まった香港・銅羅湾のホテル内の
レストランで、昔の香港の港の賑わいを伝える
写真を見ました。
それを思い出し、シンガポールは
香港と同様、貿易港として昔から栄え、
今に至っているのだということに気づきました。




 

 

ギルマン・バラックス(Gillman Barracks)と聞いたときから、
「バラックス」=兵舎という言葉に奇異な感じを持ちいました。

この場所の歴史について、城所 豊美様が次のように解説さています。

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インターレースの建築現場を過ぎ、マランロードに入る手前に
「GILLMAN BARRACKS」の案内があります。 
マランロードからロックロードに広がる敷地内に点在する
14のコロニアル様式のブラック&ホワイトの建物。

これは1936年に英軍が増員した歩兵隊の宿舎用に建てたもので、
深いジャングルと沼地が続く土地を英軍キャンプ地にしました。
「ギルマン」は、第一次世界大戦時の英陸軍ギルマン大将
(Sir Webb Gillman)の名前に由来します。

1942年2月、英軍の牙城であったこの地では、
日本軍によるシンガポール陥落前の数日、
激しい戦闘があったと云われています。

時は過ぎ1971年、トークン1ドルでシンガポール政府が譲り受け、
シンガポールの軍隊(SAF:Singapore Armed Forces)が引き継ぎ、
SAFが撤収した後1996年には、ギルマン・ビレッジと名を変え、
2011年初めまで、レストランや家具雑貨ショップなど
商業施設として再利用、デンプシーと
同様お洒落エリアのひとつとなっていました。

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この解説を読んで、現地を訪れると
なるほどと感じます。兵舎跡がギャラリーとして
転活用されているのです。

日本の有名なアーティストたちの作品も
展示されていますた。

 

 

シンガポールを訪れたのは私たち夫婦のみです。
こういう場合は、妻の意向を優先しているのですが、
妻は「どこに行きたいか」を予め調べていて、
今回は、「ギルマン・バラックス」という
シンガポールにおける、現代アートの拠点に
行きたいとのことでした。

ただホテルのコンシェルジュに聞いても、知らないとのことで
住所を伝えると、交通の便が良くないところとのことなので
タクシーを走らせました。

このギルマン・バラックスついては
城所 豊美様が「新たなる芸術文化拠点~ギルマン・バラックス」
と題し、次のように解説しておられます。

「アジア各国を中心に世界の卓越した

現代アートを扱うギャラリーが集まる
シンガポールの新たな芸術文化エリアとして、
昨年(2012年)9月に生まれ変わりました。

シンガポールがアートに非常に力を注いでいることをご存知でしょうか。
2006年から2年に1度「シンガポール・ビエンナーレ」を、
また2011年からはアートフェア「アートステージ・シンガポール」を行うなど、
国際的なアートイベントを政府主導で開催。
文化・芸術も産業として位置づけた文化政策を進めています。

その一環、更なる目標「アジアのアートハブ」を目指し、
ギルマン・バラックスは、シンガポール経済開発庁(EDB)、
JTCコーポレーション(JTC)および
ナショナルアーツカウンシル(NAC)が共同で、
約1000万シンガポールドル(約6億円)の予算をかけた
一大プロジェクトなのです。」
(出典 城所 豊美)

 

 

 

シンガポールの名所といえば、
ラッフルズ・ホテルです。

私たたち夫婦は、以前、
カンボジアの首都、プノンペンにある
ラッフルズ・ホテルのレストランで食事をしたことがあり、
今回、本場のシンガポールを訪ねたので、
当然、ラッフルズ・ホテルを訪ねました。

今回は訪れた時間が朝でしたので、
食事をせず、お土産品のショッピングを楽しみました。

ところで、ラッフルズはシンガポールを
建設した男性です。

ラッフルズの伝記には
東洋文庫に信夫清三郎の『ラッフルズ伝』があり、
私は飛行機のなかで、今回、この本を読みました。

また白石隆さんという方の
「海の帝国ー」も副読本として読みました。

おかげで
ラッフルズがどういう経歴を持つ人で、
シンガポールという国が
どういう構想のもとで開発されたかの
あらかたに接することができました。

これらの本を読み、
そじて実地を訪れたことで、
スタンフォード・ラッフルズへの親しみが深まり、
またシンガポールという地域の成り立ちへの
理解が深まりました。

 

 

 

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