2013年12月

第18回日経アジア賞を受賞した
FPT創業者、チュオン・ザー・ビン会長兼CEO氏についての
2013年5月4日/日本経済新聞記載の記事にもとづき、
またFPT社を訪れたときに聞いた話も参考にして、
同氏の履歴を次のようにまとめてみました。

(1)1956年、ベトナム中部ダナン市生まれ。

ベトナム戦争が始まった幼少期は、貧しさと背中合わせだった。
空腹を満たすために「友人とカエルを見つけては焼いて食べていた」

(2)中学1年生の時、教師に連れられて、
ベトナムに輸入されたばかりの旧ソ連製コンピューター「ミンスク―32」を見学。
「部屋全体を占めるほど巨大なコンピューターに興奮し、忘れられなくなった」。
この出来事が人生に大きな影響を与えることになる。

 (3)小中学生のころから成績優秀だった。
ベトナム全土から生徒が選抜される
チューバンアン高校に数学専攻で入学を許された。

当時の夢は物理学者で「アインシュタインがヒーローだった」。
74年に旧ソ連のモスクワ大学に国費留学。大学院を修了した後、
88年に12人の仲間とFPTを創業した。当初は国営企業だったが、
2002年に民営化を果たす。

(4)起業の動機は生活苦からの脱却だった。
ベトナム戦争終結から10年余。
社会主義経済は行き詰まり、食料不足が続いていた。

研究者としての月給は約5ドル。
とても家族を養うことはできない。

「何とか家族の生活を良くしたい」。
何をしようか考えていた時にミンスク―32の記憶がよみがえってきた。
コンピューターやIT技術をビジネスにできないか。
旧ソ連に留学した当時の仲間に声をかけた。 

 (5)創業当時は食料事情を改善しようと
食品加工技術の開発を目指したが芽が出なかった。
そこでイタリア製パソコンの輸入販売などをしながら
ソフトウエア開発の技術を磨いた。

当時のベトナムでは航空会社の
予約管理や銀行の出納記録も手書きが一般的。

これをデジタル化するソフトなどを開発し、実績を伸ばした。

(6)飛躍のきっかけとなったのは96年のインド視察。
「ベトナム人にだってできるはずだ」。
IT企業のタタ・コンサルタンシーサービシズやインフォシスの職場を見学し、
生来の負けん気に火がついた。開発コストの安さを武器に、
米マイクロソフトなど海外企業から受注。
今はベトナムを含め世界13カ国に拠点を持つ。

 (7)とりわけ日本企業とは結びつきが深い。
日立、NTT、キヤノンなど大手企業を中心に約60社から開発を受託。
ソフトウエア開発の売上高の50%超が日本企業からの案件だ。
今やベトナムはインドを抜き、日本企業のオフショア開発先の2位。
同1位の中国で賃金高騰や政情リスクが高まるなか、
FPTへの期待はさらに高まっている。

(8)手本は日本企業。「三菱や住友など何百年も続く大企業から経営哲学を学んだ」。
日本の経営者とも親交が深く、
三菱商事の小島順彦会長や日産自動車のカルロス・ゴーン社長とは
毎年のように面会する。課題は後継者づくり。

(9)09年4月に後継者を指名して最高経営責任者(CEO)から一時退いたが、
12年9月に復帰。
「全事業に精通している人間がおらず、社員に対する知名度も低かった」
と失敗を認める。

(10)改めて4年計画で後継者集団の育成を進めているが、
会長職は続ける意向。

「世界はさらにデジタル化し、
人と人、人と企業のコミュニケーションが密になる。

様々なチャンスも生まれる」。

ベトナムIT最大手FPTのビン会長兼CEO(56歳)が
今年5月、第18回日経アジア賞を受けました。

その受賞の様子を日経コンピュータが 2013/05/22号で
”「日本と共に成長したい」、ベトナムIT最大手FPTのビン会長兼CEO”
と題し次のように伝えています。

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「スマートな世界の実現に向けて、
日本はこれからも世界の先頭を走っていくだろう。
ベトナムのIT企業も、ITを通じて世界の発展に貢献していきたい。
そのために、引き続き日本と共に歩んで成長していきたい」。
ベトナム最大のIT企業、FPTコーポレーションの
チュオン・ザー・ビン会長兼CEO(最高経営責任者)は
2013年5月22日、日本経済新聞社が開催した
「第18回日経アジア賞」の表彰式でこう述べた。

日経アジア賞は、アジアの安定や発展に
貢献するなどの業績を上げた人々を表彰するもの。
ビン会長兼CEOはFPTグループを
ベトナム最大のIT企業に成長させた点や
同国のIT産業を発展させた点、
IT分野での日本企業との交流を促進したことが評価され、
経済発展部門で同賞を受賞した。

 受賞について、ビン会長兼CEOは
「当社およびベトナムのIT技術者みんなの努力の結果だ」
と述べた。「(システム開発の発注元の)日本企業が
我々にチャンスを与え、辛抱強く鍛えてくれたおかげで、
ベトナムIT産業はここまで発展できた」と続けた。

 ビン会長兼CEOは1956年生まれ。
1979年に旧ソビエト連邦ロモノソフ・モスクワ国立大学の数・力学科を卒業し、
1982年に同大学博士号取得。
1988年に12人の科学者と共にベトナム初のIT企業であるFPTを創業した。

 創業時から2009年まで会長兼CEOを務め、
2008年に同社を売上高10億米ドル、
社員数1万3000人のベトナムIT最大手に成長させた。
2009年にいったんCEOを退いたが、2012年9月に復帰している。

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FPTソフトウェアが狙うのは、
中国が大部分を占める日系企業のオフショア開発案件の取り込みだ。
日系企業がベトナムへの切り替えに動く要素の一つはコスト低減。
FPTソフトウェアのダナン拠点で
ソフトウェア第17事業本部の責任者を務めるレ・ビン・タイン氏は、

「急激な円安下においても、当社は提供価格は変更せず、
維持できている」と自信を見せる。

同社は、為替影響による価格転嫁をしない方針を採っているという。
課題は実績面だろう。中国に比べて未知数な部分が多いため、
日系企業にとっては不安要素となりうる。
過去に中国でのオフショア開発が本格化した際、
技術力や品質管理、商習慣の違いなどに悩まされた企業は多い。

ベトナムにおいても、初期段階では様々なトラブルが発生することは、
ある程度覚悟した方がよいだろう。それを乗り越え、
両者が満足のいく結果にたどり着けるかが、
今後のベトナムでのオフショア開発の定着を左右する。

特にFPTソフトウェアが果たす役割は重要だ。
最大手である同社とのプロジェクトは、日系企業にとっても試金石となるからである。
もしプロジェクトが上手くいかなかった日系企業は、
中国への回帰や他国へのオフショアを再検討する可能性がある。

ネクスト・チャイナとして脚光を浴びるベトナム。注目度の高い今こそ、
ポスト中国としての立場を確立できるかの正念場に立っている。

前回、引用させていただいた日経コンピュータ誌
「大規模開発の体制整えるFPTソフト、ポスト中国の定着に挑む」
の続きです。
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グループで大学を運営

 FPTソフトウェアの人材供給を支えるのは、
FPTグループが運営するFPT大学だ。
ICTや経営関係の学部を持ち、
4年制コースの学生数は7000人に上る。

同大学の卒業生の半数はFPTグループに就職するという。
ICT関係だけで約100人の講師を抱える。

 技術系コースの学習プログラムは次の通りだ。

英語と日本語は必須科目となっており、
最初に学生は基礎的な技術知識と共に学ぶ。

その後、FPTグループやその他の企業で8カ月~1年ほどのOJTを実施。
学生はOJTでの経験を基に、
自分に必要な技術を最終過程において詳しく学習していく。

 「実践的なコースを提供している点がウリだ。
例えば一般的な大学の場合、OJTは約1~2カ月しか実施しない」
と語るのは、FPT大学ハノイキャンパスのタ・ゴック・コー バイスディレクターだ。
就職率は93%に達する。
授業や試験などのオンライン化といった、学習環境の整備も進めている。
その分、授業料は高額だ。4年間でかかる学費は約220万円と、
普通の大学の約4倍。一般家庭の学生にとってはハードルが高いが、
奨学金制度を用意しており、なるべく多くの学生に
入学のチャンスを与えるようにしている。

 

プロジェクト管理ツールを整備

  FPTソフトウェアは、プロジェクト管理を支援する
「FPTソフトウェア・マネージメント・スイート」
というツールソフト群の整備にも力を注ぐ。

実際のプロジェクトでは主に、三種類のツールを活用している。

一つめは「Fsoft Insight」だ。プロジェクトを登録し、
成果物やKPI(重要業績指標)の設定などができる。
顧客が遠隔地からチェックすることも可能だ。

 二つめは「DMS」と呼ぶ不具合管理システム。
バグの報告や問い合わせ、解決のためのワークフローなどを備えている。

三つめは「Timesheet」である。
プロジェクトメンバーの工数実績などを把握するのに使用する。

  DMSやTimesheetの情報は、Fsoft Insightに自動的に反映される。
FPTソフトウェアの事業本部長など向けに、
各案件の状況が分かるダッシュボードも用意している。

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ハノイに本拠を置くベトナムの代表企業の一つが
FPT情報通信会社です。

この会社には一度訪問し、
その時の様子を詳しくレポートしましたが

今年、6月、日経コンピュータ誌が
「大規模開発の体制整えるFPTソフト、ポスト中国の定着に挑む」
と題して、FPTのことを
報じ、同社の特徴を伝えていますので
引用させていただきます。

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2012年の売上高は、前年比34%増の8100万ドル。
2012年12月時点で抱えるIT技術者は約4000人、
グループ企業が運営する大学の4年制コースに
在籍する学生数は7000人。

FPTソフトウェアはベトナムのソフトウエア業界でも代表的な存在だ。
ハノイ、ホーチミン、ダナンといった主要都市に拠点を構え、
ベトナム企業としては珍しく、大規模な開発案件もこなす。

FPTソフトウェアの売り上げを支えるのは、
日本企業からのオフショア開発受託だ。
日立グループをはじめ、
ソニーやリクルート、ニッセンなどを顧客に持つ。
「売上高の55%は日本市場向けが占める。
米国やシンガポール、欧州がそれに続く」と、
FPTソフトウェア・ホーチミンのグエン・ドゥック・クイン社長は説明する
 

数百人月のプロジェクトをこなせる体制を構築している点が、
FPTソフトウェアの強みだ。
ソフトウェア第15事業本部ソフトウェア開発第3部のグェン・タン・ハイ部長は、
「5年前までは100人月以下の案件がほとんどだった。
今では500人月規模の案件を10件程度受注できるようになった」
と胸を張る。

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