2013年04月

あなたは今後の人生を

どのようなものにしたいとお考えですか。

 

年をとってから

お金に困らないようにしたい。

 

あるいは、年をとってから、

世の中から孤立するのでなく

世の中と接点を持ち続け

自分を活かすようにしたい。

 

思いは色々でしょうが、、

そうした思いを現実のものにするには

まず、そのための人生の見取り図を

つくる必要があります。

 

例えて言うと、

自分が住んでみたいと思う家をつくるには

自分の家に対する夢や期待をイメージし、

それを建築設計士や施工会社に伝え、

彼らの手を煩わしながら、

住みたい家の見取り図を

図面化することが必要です。

 

同じように

自分の人生を心ゆくものとするには

自分の人生はこうありたいと願い、

それを言葉にし、また

そのための行動計画を立てて、

人生目標や人生計画表(プラン・オブ・ライフ)を

具体化する必要があります。

 

この人生目標や

人生計画表(プラン・オブ・ライフ)

を練っていただくセミナーを

5月6日、10時から16時まで

開きます。

参加費は2万5千円です。

ご関心をお持ちの方はどうぞご参加ください。

邱先生は58歳であった頃、

「生きている限り『現役』であることが

第一であると思う。」と書きましたが、

5年たって63歳になったときに

『死ぬまで現役』という連載をはじめ

「人は皆、昔から年をとっているわけではない。

はじめて年をとるので

『どうやって年をとればよいのか』がわからない。

見苦しい年のとりかたはしたくないと思っても、

いざその火中に入っていくと、

西も東もわからなくなってしまう。

 

そこで自分がまったく年を分別がつかなくなる以前に、

せめて自分にこれだけは守らせたいと思う規則を

自分でつくっておく必要がある。

『孫の話しをしない』とか、

『同じ話を、同じ場所で2回以上くりかえさない』というのも、

細かくいえばその中に入るが、

もっと原則的なことになると、私の場合は、

(1)自分で死にたい年齢を自分で決める

(2)それまで現役で仕事をする

(3)元気で仕事ができるように体調を整える

以上のことが頭にあれば財産対策も、

あるいは後継者の養成も、

自らできあがってくるのではあるまいか」

(『死ぬまで現役』)

 

そして、68歳になった平成3年から「逆算の人生計画」と

題した連載を書き、出版に際して、本のタイトルを

『私は77歳で死にたい』と自分の努力目標にしました。

この本の前書きで邱先生は書いています。

「私は77歳で死にたいと思っている。

本当にそう思っている。

呆け老人や寝たきり老人になって

『生きる屍』を家族や友人たちの前に晒すくらいなら」

(『私は77歳で死にたい』・まえがき)

昭和57年、58歳になった邱さんは『ダテに年をとらず』

という本で、その後の人生目標を書きました。

 

「生きている限り『現役』であることが第一であると思う。

現役をおりるとすぐ老化する話は前にもふれたが、

作家たちの創作活動を観察していると、

現役を続けているつもりでも60歳を過ぎると

やっぱり気力は衰える。

それは他人事で、自分だけは例外だ

と考える理由はどこにもないから、

私もあと5年くらいしかもたないかもしれないから。

でも世の中は権威に弱いし、

一旦権威と認められたら、

しばらくそのおつりで暮らせる。(略)

 

第二にお金に困らないようにすることである。

お金については35歳から55歳までの20年間に

一生懸命理財に心がけたので、これから先、

よほどの大失敗でもやらかさない限りは、

不自由することはないだろう。

 

第三に適当に色気があり、

適当に冒険心を満たせることのできる生活がしたい。

できれば妻に隠しておきたくなるようなヒミツも持ちたい。

そうすれば、恐らく生き甲斐も感じるだろうし、

おしゃれの精神も失わないですむだろう。

 

第四に、自分より若い人たちを友達に持ちたい。

いまの世の中は変化が激しくて5年も歳が違うと、

違和感があるというが、私の場合はだいたい27歳から、

誰とでも話が通ずる。

お互いに人生観や趣味が違うことがあっても、

全く違う星に住む生き物というほどのひらきは感じない。

 

第五にしょっちゅう世界中を旅行してまわりたい。

いまは忙しくて、一ヶ所に1ヶ月も滞在しているような

余裕はないが、そのうちに雑誌社や講演依頼先から

電話がかからなくなるだろう。

そうしたら、エーゲ海のマジョルカ諸島にでも

長期の滞在をするつもりである。

世界中を歩き終わらないうちに、

多分73歳にはなっているだろう」

(「平均寿命で死ぬのが理想です」

『ダテに年をとらず』《PHP研究所》に収録(2003年1月18日(土))

賢者と言われるような人は

人生に目標を立てて生きています。

昨年亡くなられた邱永漢先生も

人生の節々で計画を立てて生きています。

 

昭和42年、ご自身が

43歳のとき、「年をとなない法」という

エッセイを次のように書きました。

 

「年をとるということは、

人間が死ぬことと同じくらい確実なことであって、

したがって年をとらない方法がないことは誰でも知っています。

それなのに、この題を見て、誰も笑わないのは、

人間の年齢と人間の容貌や物の考え方は必ずしも一致しないし、

年に比していつまでも若々しい人が

現実に私たちの周囲にいるからであります。

 

そういう人の若さの秘訣はどこにあるかを知りたいのは

人情の常であり、またそうありたいと願うのも人情であります。

 

私はそれを

(1)50歳を過ぎてから絶対に

   経済的な破綻をきたさないようにすること

 

(2)健康であること、しかし健康の秘訣は

   仕事が順調にいっていることと、時代の先端をいくような

   新規の事業に手を出して頭を痛めること

   つまり精神的な刺激が必要なこと

 

(3)オシャレをすること

 

(4)年をとったら、あんなジイさんになりたいなあ、

   と若者から思われるような思想の持ち主になること

   と思っています」

(出典;『成功の法則』昭和47年)」

 

年をとてからお金のことで困らないようにしよう、

あわせて、年をとっても新規事業づくりにチャレンジし、

緊張感をもって過ごせるように過ごせるようにしたと

考えていることは興味ふかいことろです。

あなたはこれからのご自身の未来に対して

どんな考えをお持ちですか。

 

私のことで言いいますと、

自分の未来に目を向けるようになたのは

36歳になった頃のことで、

その時点では、年をとって

お金に困るようなことは避けたいと思いました。

 

そう思って投資向けのマンションに投資するように

なりましたが、40歳近くになると

将来についての意識が変わってきました。

 

年をとり、いずれは会社と縁がなくなるが

そうなった後でも、世の中と接点を持ち、

そこで自分の仕事を創り、

仕事とともにある人生を送れるようにしたいと

ということが一番の希望になりました。

 

そう考えると、会社に命じられるばかりでは

先が心もとないと考えるようになり、

自分が経験したことのない分野で働き、

活動領域を広げるべく周囲に働きかけるようになりました。

 

その結果、私は会社としても経験のない

新規事業づくりの分野で働くことになり、

失敗もすれば、失敗に教えられて、

新しい事業を生み出せるようになりました。

43歳から50歳頃にかけてのことです。

 

おかげで、50歳になる前に

いくつか事業を生み出すことができ、

それを汐に、50歳になるとき、

会社の外に出て、研修講師になって

活動するようになりました。

 

そうした生活が20年ほど続いているのですが、

できることなら、今後とも仕事と共にある人生を

続けたいと考えています。

 

そうした立場から、5月6日、

死ぬまで現役を目指す人のための

人生設計セミナーを開きます。

 

参加費は2万5千円です。

 

ご関心のある方はどうぞご参加ください。

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