2009年12月

在パリ5日目の朝、
一足先に日本に帰る長男が
私の部屋に来て挨拶してホテルを出ましたが、
しばらくしてから、長男が妻に
携帯電話をかけてきました。

「今日はホテル前からパリの
シャルルドゴール空港に
向かうバスがストライキなので、
タクシーに乗って空港に行くように」
とのこと。

そこで、かなり早いけど、
空港に行った方が安心とホテルを
チェックアウトし、念のために
ホテルの人に聞きました。
「空港行きのバスがストライキだそうだけど
本当ですか?」と。

ホテルマンの答は
「いえ、そういうことはありませんよ。
バスはきちんと出ていますよ」です。

長男のメッセージと矛盾し、
困ってしまいましたが、ホテルの近くにある
空港行きのバス停に行くと人だかりが出来ています。

バス会社の関係者が来て
お客に事情説明をしています。
また、にわかタクシーの
お兄さんが来て客引きをしています。

目の前で起こってる状況をつかむために、
信頼のおけそうなご婦人に伺ったところ、
「空港行きのバスがストのようです。
ですので、あのタクシーのお兄さんに
乗り合いで、空港へ運んでいただくのが
いいのではないでようか」

これは良いことを聞いたと思い、
にわかタクシーのおさんに頼んで、
空港まで2人ばかりのお客さんと一緒に
空港に運んでいただきました。

帰国してから、小田中直樹さんの
『フランスの7つの謎』という本を
手のとると、フランスの7つの謎の一つが
「なぜどこでもストライキに出会うのか」
となっていて、なるほどと思いました。

日本ではストライキの風景は、近頃は
あまり見かけなくなりましたが、
フランスではいまもあちこちの場で
ストライキが頻繁に起こっているんですね。

パリにいた数日は美術館めぐりで、
浮世と離れたような毎日を過ごしましたが、
帰る間際になって、いまのフランスで
起こっていることの一端にふれることを
余儀なくされてしまいました。

幕切れはそういうことになりましたが、
全体としてはロンドンもパリも
楽しい旅行でした。

さて、2009年も今日でお別れです。
一年間、ご愛読いただきありがとうございました。
来年もご愛読のほどよろしくお願い申し上げます。

パリに来てから5日たった
6月19日の朝を、熱のある状態で
迎えることになりました。

この日は、帰国するのですが、
飛行機が出るのは夕方なので、
それまで間、長女のアドバイスで
クリスタルメーカー、バカラ社の
美術館であるバカラ美術館
を訪ねることにしていました。

また、この美術館を見終わっても
なお時間があるようであれば
ホテルの近くにあるモンパルナスタワー
56階の展望台に登り、セーヌ川を望む
眺望を楽しむことにしていました。

妻はこの予定を楽しみにしていたのですが、
私が熱を出してしまったので、
ベッドで休養するほかなく、
予定はすべてキャンセルです。

妻には申しわけないことをしたと
心のうちでわびましたが、
どうして、こういうことになったのか。
一つ思い当たることがあります。

妻と一緒に旅に出る時、
私はいつも自分たちの身に
万一のことが起こることがありえるので、
そうした場合も子供たちに与える影響を
できるだけ小さくするための対策を講じて
おかねばいけないと考えています。

今回はなぜか、この意識が強く働き、
私は旅行のプランづくりより、
万一の事態発生時の影響減少対策に
時間をとられました。

こういうことは、旅行を控えたような
切羽づまった状態でおこなうのでなく、
日ごろから取り組み、整理しておく必要がある
と反省させられたことでした。

オランジュリー美術館でモネの「睡蓮」を
見たあと、ごく近くにあるコンコルド広場に出ました。

コンコルド広場は歴史的には
エジプトのルクソール神殿から運んできた
オベリスクが置かれています。

またルイ16世やマリー・アントワネットが
1793年(第11代将軍・徳川家斉の治世)に
処刑されたと場所として有名です。

さて、コンコルド広場は
シャンデリゼ通りの東の端に当たり、
北西の方向に目とやる凱旋門が見えます。

パリの地図を開きながら
「右手(南側)に見えるのが
ホテルクリヨンで、
そのお隣がアメリカ大使館だね」
と周囲の建物を確かめました。

まだ暗くなるまでに時間がありましたので、
元気があれば、シャンデリゼ通りに平行して
走っているサントノレ通りや
ヴァンドーム広場の一角にたつ
ホテル・リッツや、オペラ座を
見に行こうということになったと思います。

しかし、私はかなりくたびれましたので、
早々にホテルに引き上げました。

案の定、熱が出たようで
体温計で図ると38度の熱です。

楽しみにしていた長男との
3度目の夜食は妻だけに対応してもらい、
私はパンとお茶をいただくだけで、
静かにお休みすることになりました。
パリのホテルで静養なんて
もったいないことでした。

とてつもなく広いルーブル美術館で
私たちが見て回ったのは
その半分くらいだったと思います。

でも半分も見れば
「もうご馳走さん」
という気分になるくらい広く、
昼食もこの美術館のなかでとりました。

さて、次に訪ねたのは
ルーブルの近くにあるオランジュリー美術館
Musée de l'Orangerieです。

「オランジュリー」(Orangerie)とは、
「オレンジ畑」「オレンジ温室」の意味で、
17世紀に柑橘類の温室があったことから
こう名付けられたとのことです。

さて、オランジュリー美術館は
「モネの睡蓮」が展示されている
美術館として有名です。

「モネの睡蓮」は私たちもよく見慣れているので
実際の絵を見たいと思う人は多いと思います。
美術館の中に入ると、この「モネの睡蓮」が
二つの部屋に展示され、この作品が
大壁画であることを知りました。

この「モネの睡蓮」がとても印象的で
ほかに見た作品を忘れそうになりますが、
ポール・セザンヌの「セザンヌ夫人の肖像(1890年)」、
ピカソの「水浴の女(1921年)」、
ルノワールの「風景の中の裸婦(1883年)」や
「ピアノを弾くイボンヌとルロル(1897年)」
などの絵も展示されていました。

このオランジュリー美術館の見学で今回の
パリの美術館めぐりは終了です。

私たちはパリを代表する
ルーブル美術館、オルセー美術館、
ポンピドーセンター(国立近代美術館)
ピカソ美術館、オランジュリー美術館を
訪れたわけですが、パリにはこのほかにも
著名な美術館がたくさんあり、私たちは
その一部を覗いただけだということになります。

在パリ4日目の朝、ルーブル美術館を訪ねました。

作品解説を聞いた方がいいと考え、
受付でパスポートを出して、
日本語のオーデイオを
借りて、見学を始めました。

最初に「古代オリエント美術」や
「古代エジプト美術」のコーナーを見、
数の多さに圧倒されましたが
「古代ギリシャ・エトルリア・ローマ美術」
のコーナーでおなじみの「サモトラケのニケ」
と「ミロのビーナス」に出会い、ホッとしました。

部屋が多いし、作品の数も並でなく、
オーデイオもごく一部の作品について
解説しているだけだということがわかりました。

そのあと、「フランス絵画」、「北方絵画」の
コーナーを回って「イタリア絵画」のコーナーに来、
いやに大勢の人が集まっているなあと思ったら
「モナリザ」でした。

そのほかに「スペイン絵画」、「イギリス絵画」があり、
さらに「グラフィック・アート」、「彫刻」、「美術工芸品」
「アフリカ・アジア・オセアニア・アメリカ」関係の作品もあり、
見て回るのも大変です。

あとでルーブル美術館を訪れた人たちの
ブログを読むと、「死にそうだった」との
感想をもらしている人が少なくなく、
みな、同じような感じになるのだなと
思いました。

ルーブルとか大英博物館とか
バチカンの美術館を訪れるときは
事前にざっと解説を見て、これとこれは
見ようと、見る対象を絞っておくのが
賢明だと思いました。

↑このページのトップヘ