2009年10月

8月下旬のある日の夕方でした。
家に帰ると、妻から
「邱永漢先生の秘書の方からお電話をいただきました。
留守番電話に入っていますので聞いてください」
との報告を受けました。

留守番電話を聞き、翌朝、いちばんで
邱さんの秘書に電話をすると次のようなお話でした。

(1) 「作家の玉村豊男さんが、11月に
    「邱永漢の予見力」という本を出版されます。」

(2) 「邱永漢の中国における最近の活動を
    ルポルタージュしたもので、最初は
    玉村先生と邱永漢の共著で出す予定だったのですが、
    玉村先生単独で出版されることになりました。」

(3)「玉村先生の原稿はすでに出来上がって、
    こちらに届いていますが、昨晩、遅く
    出版元の集英社新書の編集の方から
    本の末尾に邱永漢の略年表を掲載したく、
    その略年表を作成して欲しいとのことです。」

(4)「かねてから、戸田さんが邱永漢の年譜を
    作成されているとうかがっています。
    つきましてはこの作業をお願いします。
    了承いただければ追って集英社新書の編集の方から
    お電話が入ります。」

私がその場で即、承諾したことは言うまでもありません。

本のタイトルから、邱さんがこれまでの人生で
発揮されたさまざま先見性を凝集したような年譜が
できると良いと思いました。

すぐに、集英社新書の舘さんからお電話があり、
「玉村先生の『邱永漢の予見力』の末尾に
邱先生の略年表掲載したい。スペースは
新書版の一ページです」とのことです。

邱さんの先見的な活動履歴が果たして
一ページに収るかどうか、疑問は残りましたが
邱さんの年譜が、簡単なものであれ、
活字になるのは今回が初めてです。

私は舘さんに「今日中に作り上げます」
と約束し、早「邱永漢の略年譜」の作成にかかりました。

11月1日、東京で今年最後の
「中国株・ベトナム株セミナー」をひらきます。

このセミナーは3ヶ月に一回のわりで
行っていますが、昨年から今年にかけ
私が説明してきたことは
「株は暴落した時に買うのが一番いい」
ということでした。

景気が悪くなると
業績内容が良い株も、悪い株も
みな同じように株価を下げます。

そういう状況のなかで
景気が回復した時に
スルスル値を上げそうな株を
買えば、労せずして、
株を買うのに投じたお金の評価が
上がるということでした。

そういう株の一つとして
ナインドラゴンズ株を挙げましたが、
私のセミナーに毎回参加してくれる青年は
昨年の1月はじめてナインドラゴンズ株を
買い、それが初めての中国株投資だったそうです。

青年は1HKDで
このナインドラゴンズ株を買いました。
今この株は一年たったところで
12HKDになっているので
青年は戸惑っていると思います。

この青年が昨日、
メールを送ってくれました。
「おひさしぶりです。
おかげさまでナインドラゴンズ株は順調です。
ただ、安値で買う経験をさせて頂いたせいか、
順調な株はむしろ買いにくい感じですね。
お話を聞かせていただけるのを
楽しみにしています。」

いまほとんどの中国株は回復基調にあります。
今年の1月の時点と比べたら
2倍、3倍になっていますが、
これまでの最高値と比べたら
まだ半分くらいですから
買える株は色々あると考えています。

「中国株やベトナム株への投資をを楽しみたい」
と思われる方はどうぞご参加ください。

3年前、友人たちと一緒にホーチミンに行き、
ベトナムの証券会社の口座をつくり、
日系企業やベトナムの上場会社を訪れました。

ベトナムはこれから中国の後を追う形で
高度成長を遂げる国だから、
そういう国の人たちの暮らしに接し
また、この地で事業を展開している
人たちの意見を伺うのが大切だと思ったからです。

そして、ベトナムの人たちは勤勉で
この国はこれから成長する国さという
実感を深めました。

ただ、株について言えば、その時点は
ベトナムの株は過熱気味の状態にあると思いました。

株は誰も彼もが買い急ぐ時は
買わないのが賢明です。
ですから私のセミナーに参加された人たちには、
「いまはベトナム株を買うのは
控えた方が良いと思います。
いずれ下落するでしょうから、
買うのはそういう時が良いと思います」
と話しました。

自分が感じていることを正直にお伝えした
までのことですが、その後、株価の下落は
私なども全く予想できない形で起こりました。

私たちがベトナムを訪れた翌年の
2008年9月にリーマンショックが起こり
誰もが予想しない形で世界中の株が下がり、
ベトナムの経済は危機に瀕しました。

もちろんベトナムの株は暴落しました。
私がはじめてベトナム株を買ったのは
その直後です。
それから一年が過ぎ、
ベトナムの株はいま回復基調に
入ってきました。

例えばベトナム株を代表する
VNM(ビナミルク)なども、
リーマンショック時の株価に
近づいてきました。

いまベトナム株は買うのに適した
状態にあると私は考えています。

ハノイに行って、
1日はサクラ証券を訪れるほか、
ハノイ周辺にあるベトナムの上場会社を
3社か4社訪ねたいと考えています。

そのついでに1日はハノイの市内観光を楽しみたいと思います。
古都ハノイの名所を訪ねたり、市場をのぞいたりして
ハノイに暮らす人たちの生活にふれたいたいと思います。

さらに一日とって、世界遺産のハロン湾にも行き
クルージングを楽しみたいと思います。

なお日本からハノイへの飛行に1日
またハノイから日本への飛行が1日かかります。

ですので、都合5日かかりますが
ベトナム訪問を楽しみにしている友人たちの
都合を考えると、土日の休みとか祝日が
活用できる日程が望まれるところです。。

更に、ハノイから日本(成田)へは
飛行機が飛ばない日があることも考慮しなければ
なりません。

加えてベトナムの人たちがそわそわする
旧正月(今年は2月中旬)は外した方が賢明だと思います。

そこで懸案のハノイセミナーは次の日程で行うことにしました。

3月19日(金)日本→ベトナム・ハノイ(飛行機)

3月20日(土)ハノイ市内の半日観光。午後買い物など(セミナー第1日)。

3月21日(日)ハノイからバス・船でハロン湾見学(セミナー第2日)。

3月22日(月・祝日)サクラ証券と ベトナムの上場会社数社訪問、
事業状況についてヒアリング(セミナー第3日)。

  この日の夜、ハノイを発ち、3月23日(火)朝、日本到着。

本当は会社訪問を最初にして、そのあと観光旅行を
楽しみたいところですが、上に書いたようなことを考え、
上記の日程に落ち着きました。

かなり先のことになりますが、ベトナムへの投資や
ハノイおとびハロン湾観光に興味を持ち、
ご都合がつかれる方はどうぞご参加ください。

いま、ハノイのことを調べいるところですが、
ハノイには「旧市街」というところがあります。
ベトナムの旅行会社は次のように説明しています。

「約1000年の歴史をもつハノイ旧市街。
かつて街の西側にはタンロン城がそびえ、
献上品を作るために職人たちが
各地から集められたのが、
街の起こりと言われている。

そして20世紀前半、旧市街を舞台とした
小説『ハノイ36通り』の流行から、
街は『36通り』と称されるようになり、
現在地元では、その呼び名で親しまれている。
縦横無尽に走る通りは、そこに栄えた商売や
職人たちの特色から名付けられ、その名は今も健在。

度重なる戦乱やフランス植民地支配など、
時代と共に栄華盛衰を繰り返してきたが、
親から子へと引き継がれてきた街に息づく職人の技、
そして街を想う人々の心は、昔と何ら変わることがない。」
《出典:スケッチ・トラベル》

ハノイは古都なのですね。
またハノイから港の方に向かえば
世界遺産として有名なハロン湾があります。
ベトナムの航空会社は次のように説明しています。

「ニョキニョキと突き出した大小2000の奇岩が、
穏やかな海面に姿を映し出す光景が美しいハロン湾。
1964年にユネスコ世界遺産の指定を受けました。

その幻想的な世界は多くの人を魅了し続け、
カトリーヌ・ドヌーブ主演の映画
『インドシナ』のロケ地にもなりました。
ハロンという地名は『降龍』と書き、
この名はある伝説が由来となっています。

はるか昔この地に外敵が侵略し、
怒った龍の親子が現れて、敵を打ち破り、
口から宝石を吐き出しました。
その宝石が湾内の奇岩となり、
その後は海から外敵が侵入することがなくなった
と伝えられています。
深いエメラルドグリーンの海に漂う神秘的な雰囲気には、
そんな伝説がとてもよく似合います。」
《出典:ベトナム航空》

ハノイを訪れたら、古都の雰囲気を味わい
またハロン湾の観光も楽しみたいと思います。

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