2008年11月

私は今年の前半期、『自分の王国づくりセミナー』を
開催しました。
このセミナーにある青年が参加してくださいました。
その青年は実は4年前、私と二人で、今後従事するに
ふさわしい仕事を考え、「整体師がいい」という結論に
達していていました。

しかし、一旦はそういう結論を出したものの、
「果たして自分は整体師として独立できるだろうか。
どうも自信がない」という心理が働き、
前に踏み出せないままに時を過ごしていました。

しかし、こういうことではいけない、
もう一度、自分の人生の設計図を決めなければ
ならいと考えて、このセミナーで勉強し、
セミナーが終了する8月までには
自分が決めた方向に踏みだしたいと
考えての参加でした。

実はこの青年に役立ちそうな
邱永漢さんの本はたいていの本を
薦めていましたが、彼には邱さんの考えが
凝集されている「ハイQ連載本」を全冊取り揃え、
それらを読むことを薦めました。

青年は、数多い「もしもしQさんQさんよ」
のコラム愛読者の一人で独立するための
資金稼ぎのひつとして中国株にもお金を
投じていました。

ですから、一度は目を通しているだろうけど、
私は邱さんの文章は2回、3回と読み続けることで
邱さんの考えをより深い理解することに近づくので
一度はインターネットで読んだ青年の
未来開拓の導き役にになると考えたのです。

念のため青年にきくと、「もしQ」連載本20冊のうち
持っているのは『独立を考えていますか』
だけとのことでした。
青年は独立を考えているのですから、
その一冊を選んだことは納得が行くし
天晴れですが、私は20冊全部の本をそろえ、
繰り返し繰り返し読み続けることで
自分の考えが深くなると考えました。

青年が話して私の期待したような
行動をとったのかどうか、聞いていませんが、
青年は半年の間、あれこれ考えた末、
4年前に考えた整体師への道に進むことを決め、
今年の9月からそのための専門学校に入学しました。

彼にとって、20冊の本が有益であたかどうかは
聞いていませんが、彼に薦めた「もしQ」連載本は
彼の人生を強く支え、また鼓舞する役割を
果たすことを私は確信しています。

邱さんの著作は向上心を持って
前に進もうとする人を激励し、
繰り返し繰りかえして読むことによって
自分の考えも深まる効用がありますから。

私は昭和54年から邱永漢さんの著作を
読み続けている邱ファンの一人ですが、
邱さんの本はだいたい、さまざまな雑誌に
連載されてきた文章がまとめられて
一冊の本になったものでした。

ある時期、邱さんが各誌に掲載していた
連載が16本ありましたが、どの雑誌も
その広告のなかで、邱さんが文章を
書いていることを伝えますから、
邱ファンにとっては、次はどういう本が
出るか事前にキャッチできました。

読者にとって、まことにありがたい環境が
続いたわけですきましたが、今から8年前のある日
新聞を開いたら、光文社の本の広告の中に
『もしもしQさんQさんよ』という本ががあり、
これは一体なんだろうと驚きました。

突然の告知ですし、タイトルもそ
れまでのものと比べて異質です。
早速、買って読み、邱さんがインターネットに
コラムを連載し、それが本になって
出版されていることを知りました。

そして『もしもしQさんQさんよ』が
ものすごく読みやすく、邱さんの考えが
短く要約された文章が続き、それまでの
本と比べて、また違った味わいがあることを
知りました。

そこで、ある日、電車の中で読む本を
探している妻に『もしもしQさんQさんよ』
を手渡しこの本が面白いと伝えましたら、
妻は、帰宅するなり
「この本、これまで読んだ邱先生の
本の中で一番読みやすかったわ」
と言いました。

以来、インタネットで、
邱さんのコラムを読み、
コラムの連載が完結して本になると買い、
一度読んだ文章をまた読むという
贅沢な読書生活を送るようになったいます。

私が邱永漢さんの作品を読み始めた頃
邱さんは55歳でした。
この頃、すでに邱さんはジャーナリズムの世界で
確固たる地位を確立しておられました。

当時、邱さんの文章は
さまざまな雑誌や週刊誌に掲載され
それらの雑誌や週刊誌が発行されるつど、
本屋に走って読み、連載が完結して
一冊の本が出される度にその本を買いました。

他の人の本ではお目にかかることない
有益なアドバイスが惜しげもなく
提供されていることがひとつの魅力です。

と同時に“常識に従うな”とか
“経験が邪魔をする”とか
“安定より不安定な状態のほうが良い”
とか、これはいったいどういう意味なんだろうと
頭をひねらなければならい言葉が書かれている
ことも読み続けてきた要因のひとつです。

そして邱さんが76歳になられてから、
インターネットでの連載が始まり
『もしもしQさんQさんよ』を先頭に、
インターネットで発信された文章を
掲載する本が出版されるようになりました。
自分の目のまえで語られるような
語調の文章が、インターネット本の魅力で、
一連の本もすべて買い、友人たちにも
全冊購入を勧めてきました。

この間、自分が読者でなかった時代、
つまり邱さんの55歳以前の作品も読みたくなり、
あちこち探し回った結果、私は
この世に発表された邱さんの本は
すべて手に入れて読ませていただきました。

そんな私が邱さんの作品について
持っている一つの感慨は
邱作品はどの作品もそれぞれ独自の顔を
持っているということです。

もちろん、一人の作家の作品ですから
同じ趣旨の主張が述べられている所は
ありますが、一冊、一冊それぞれ
その本ならではの特徴を持っているのです。

たぶん、邱さんが、自分の文章に
目を通してくれる読者が楽しみながら
読んでくれることを願い、つどつど、
工夫を凝らして書き続けられ
現在も継続されているからだろう
と解釈しています。

私がはじめて読んだ邱永漢さんの
単行本は『悪い世の中に生きる知恵』
という本です。

29年前、昭和54年の暮れのある日のこと、
理髪店に行き『週刊ポスト』を手にとり、
パラパラとページを繰ると、邱さんの
『悪い世の中に生きる知恵』と題した
連載が目に入りました。
『シメタた!』と思いました。
私はその頃、邱さんの本を探し求めていたのです。

実はその年、私はある本で
『インフレへの鋭敏な対応を』
という邱さんの短い文章を読み、
衝撃を受けていました。
その時点の時代傾向と
その傾向に合致した理財方策が
具体的に書かれていたのです。

個人の財産形成について
これほど説得力があり迫力に満ちた
文章を読んだことがありませんでした。
このことから私は邱さんの考えを
より深く勉強したくなり、古本屋を回って、
手に入る邱著作をすべて手に入れました。

そんな年、
『悪い世の中に生きる知恵』という
新しい連載に接したわけです。
連載が終わり本になると、すぐ購入しました。

本に書かれている文章がすぐに
飲み込めたと言うわけではありません。
「これはどういうことだろうか」
と疑問に思ったり、抵抗を感じる文章も
たくさんありました。

しかし、不思議なことですが、
自分の人生を有利なものとする上で
邱さんという人の本は最高のガイドになってくれる
のではないかという予感が走りました。

その頃、邱さんはあちこちから、
斬新な名前の本をたくさん出されました。
当時の自分の給料からすると1000円近い

本は安くない買い物に見えたのですが、
邱さんの本だけは必ず買いました。

おかげで、私の書斎は邱永漢著作で
あふれるようになりましたが、
私はいま、かつて予感したように
邱永漢著作は自分の人生を最も有利なもの

とする上で最高のガイドであると考えています。

そしてこのような私の意見に
賛成してくださる方が
少なくないだろう
と感じています。

渡部昇一さんは『知的生活の方法』
のなかで、古典といわれるものの根本は
「繰り返し読むに耐えるもの」だと書いています。

渡部さんは岡本綺堂の『半七捕り物帳』を
読み続け、自分の古典は『半七捕り物帳』だと
述べておられまます。

そしてシェイクスピアの作品が
イギリスのなかで古典として形成されるのは
ご自身のなかで、『半七捕り物帳』が古典として
確立してきたのと同じ経過をたどっているのは
ないかと述べ、次のように書いています。

「その秘密は『繰りかえす』、
しかも『時間の間隔をおいて読み返す』
ということにあると思う。
『繰りかえす』ということは、
子供の読書においても需要なポイントである。
そしてこの繰りかえしが20年も
続けられて、しかもそれに耐える本や
作者にめぐり合ったら、相当に
大きな人生の幸福と言ってもよいのではないだろうか。
つまりそういう人はその人自身の
私の古典を発見したことになるだから。
そして『半七捕物帳』はだれがなんと言おうと
私の古典なのである。」

そして、渡部さんは昨日紹介しましたが、
「あなたは繰り返して読む本を
何冊ぐらい持っているだろうか。」
という問いかけを発します。

私は、このコラムをお読みいただいている
人の中には渡部さんからの問いかけ
に対して
「私の古典は邱永漢作品です」
と答えられる方が少なくないでしょうと
書きましたが、邱さんの本は
読み返すたびに新しい発見があるからです。

そして渡部さんの意見に従えば
「邱永漢作品は私の古典」と
答えられる人は幸せだという
ことになります。

一方、自分は邱さんのコラムは
毎日読んでいるけど、そこまでの
感じは持っていないという人には
邱作品を手元において、おりおり
読み返し、繰り返し読むこのとの
楽しみを味わっていただきたい
と思います。

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