2008年08月

台北で邱永漢さんが建てたビル
(邱大楼)の4階に「永漢書局」(書店)
がありますが、その外側の壁には
“貧者因書而富 富者因書而貴”
という宣伝文句が書き込まれています。

「本を読めば貧乏人は金持ちになり、
金持ちはいっそう気品のある人になる」
というほどの意味ですが、この言葉を見つけ、
私は、邱さんが台湾で本屋さんを
開く時のエピソードを思い出しました。

邱さんが、台北で本屋さんを開いたのは、
台湾の国民政府に迎えられて
亡命先の東京から台湾へ帰ってからのことで
40年近く前のことになります。

当時、台湾の本屋さんには、国民党の本と
学校の教科書しか売っていませんでした。
また日本の雑誌や書籍には検閲があり、
発行されてから3ヶ月とか4ヵ月しないと
読めず、新聞や週刊誌は入国の時に
しばしば税関で没収されました。

これでは、経済の発展に文化が遅れると
邱さんは心配し、東販とか日版とか、
日本の本の取次からも、台湾で
日本語の本が輸入ができるよう
力を貸して欲しいとの依頼がありました。

台湾の検閲当局は検閲廃止に
強行に反対しましたが、邱さんは
時の行政院長(総理)にかけあい
「経済と文化は車の両輪である」と述べ、
検閲に要する時間を、3日とか4日程度に
短縮するとの回答を引き出しました。

こうした経緯があって、邱さんは
ご自身で、台湾で日本の本を取り扱う
本屋さんを開くことになったのです。

この話は邱さんの『私の金儲け自伝』と、
『固定観念を脱する法』に収録されている
「本屋のオヤジになった話」に書かれています。

台北の「天厨菜館」からは
道を一つ隔てたビルの4階にある
「永漢書局」が良く見えます。

「天厨菜館」のマネージャーさんから
教えていただいたことですが、
「永漢書局」が入っているビルが、
邱永漢さんが台北で建てた最初のビルで、
「天厨菜館」が入っているビルは
その次に建てたビルだと言うことです。

私は、本を通して、邱さんが、
台湾に帰ってから、台湾の目抜き通りに
第一ビル、続いて第二ビルを建てられたことを、
知っていましたが、これで、第一ビル、
第二ビルの所在がよくわかりました。

さて、「永漢書局」が入っているビルの
外の壁には、「漢字」が数文字、
横に並ぶ形で書かれていています。
左側の最初に書かれている漢字は「貧」です。

と言うことに気づいて、
この複数の漢字は「永漢書局」の
広告の文字で、複数の文字は
“貧者因書而富 富者因書而貴”
であることを思い出しました。

数年前、次女がこの「永漢書局」で
買ってくれた本を包むビニール袋にも
この“漢文”が書き込まれていました。

ところで“貧者因書而富 富者因書而貴”
とは、どういう意味でしょうか。

書き下せば、“貧者は書に因りて富み、
富者は書に因りて貴(たっと)ぶ”
と言うことになりましょうか。

そして、意味は
「本を読めば貧乏人は金持ちになり、
金持ちはいっそう気品のある人になる」
ということになります。

中国では本屋の看板にも
「富」とか「貴」とかいう文字が入る
ところが面白いところです。
日本の本屋さんではまず、見かけることのない
中国スタイルのキャッチ・コピーです。

台北の「永漢書局」でお会いした
台南出身の80歳のご老人とお別れしたあと、
私たちは夕食をとることにしました。

「永漢書局」が入っているビルの地下には
「寿楽」というレストランがあります。

この「寿楽」は邱永漢さんが経営している
レストランで、「とんかつ」が売り物の
一つになっていています。

ここの「とんかつ」は「かつ好」という
トンカツ屋さんに修行に行った日本人青年が
つくっていると、前に邱さんがコラムで
お書きになっていました。

私は、邱さんの誕生会で、
その「かつ好」の社長さん、
そして「寿楽」の日本人マネージャーと
同じ席に座り、お話させていただいたことがあります。

ということで、「寿楽」に寄ってみたいとも
思いましたが、ここは台湾です。
幸い、道を隔てたビルの中に邱さんが
“台北一の北京料理店”紹介している
「天厨菜館」があります。

台湾での食事としては「とんかつ」より
「北京料理」の方がご一緒いただいている
皆さんに喜ばれるのではないかと考え
「天厨菜館」で食事をすることにしました。

私たちが「天厨菜館」を訪れたのは
7時くらいだったでしょうか。
「天厨菜館」は広いお店でしたが、
ほぼ満員に近い状態でした。

私たちは、日本語が上手で愛想の良い
マネージャーの推薦で、“北京ダッグ”を
はじめ、当店お薦めの品々を満喫させて
いただきました。

値段はリーゾナブルで財布も
それほど痛まないですみました。

台北の「永漢書局」で、本を見て回っていると、
日本語の本が並んでいる棚の前に立って、
本の方をジッと見ている一人のお年寄りを
見かけました。

「日本語の本をお探しですか」
と私が声をかけると、老人はくるりと向きを買え
私に答えられました。

「日本の方ですか。
私は普段は台南に住んでいますが、
台北に息子がいる関係で、
台北にもマンションを持ち
ちょくちょく、台北に出てきます。
今日はこのビルの3階で日本の映画の
上映会があるのでやってきました」と。

私が、実は自分は台南出身の邱永漢さんの
研究家なのですと言うと、老人は笑みを浮かべ、
「私はいま、80歳で邱さんと同じ世代です。
私も邱さんの本はたくさん読んでいます。
邱さんは、台湾を代表する4人の中に入る偉人です。
邱さんは内地人が通う小学校で勉強しましたね。
私は台湾人が通う公学校で勉強しました」
と言うなり、昔のことが懐かしく想い出されたようです。

私が持っていたメモ用紙の上に
台南の小学校のときに教えていただいた
日本人の先生の名前と日本の住所を
書き出されました。

そして、私に一緒に映画を見、その後、
自分のマンションに泊まらないか
と熱心に誘ってくれます。

私がこのあと食事をし、ホテルで泊まります
と言っても、老人は容易には自分の提案を
引き下げようとしません。

そうした光景を見ていた妻が、私に
邱先生の本を一冊買って、贈呈しては
いかがでしょうとアドバイスしました。

なるほど、それがいいと、私は本棚に並んでいる
『新メシの食える経済学』を取り出し、この本は
私が編集させていただいた本ですと説明し、
末尾に邱さんの著作一覧を紹介した者として
記載している自分の名前を指し、
これが私の名前ですと申し上げました。

老人はこの本はまだ読んでいないと
おっしゃいましたので、私はこの本を購入し、
サインしてお贈りしました。

老人は喜び、私たちを日本映画が
上映される3階の会場まで案内し、
そこで、私たちはご老人とお別れしました。

タクシーが運んでくれた道を歩くと、
すぐに「邱大楼」の入り口の前に出ました。
「邱大楼」は南京西路と中山北路の交差点の
角に立っていました。

このビルは、邱永漢さんが
昭和47年、台湾の国民政府に迎えられ、
亡命先の東京から24年ぶりに台湾へ帰ってから、
すぐに着工を決め、大急ぎで建てたビルで、
昭和48年に完成したと伺っています。

ですから、完成してから35年くらい
経っていますが、このビルは10階建てで、
地下に日本式のレストラン「寿楽」が店を出し、
3階に「永漢日語」という日本語教室
4階に「永漢書局」の名前が出ています。
また10階には邱さんの台湾における
中核会社の名前が出ていました。

早速、エレベーターに乗り、4階で降りると、
広い空間にたくさんの本がぎっしりと
並べられている光景が見えてました。
これが「永漢書局」の本店です。

早速、私も友人たちも店内を見て回りました。
この書店には日本語の本がたくさん取り揃えらています。
その中には、邱さんが日本で出版した本もたくさん、
並べられていて、その中には私が出版社から頼まれて
編集した『新メシの食える経済学』も並んでいました。

もちろん、中国語の本も並んでいます。
私が、店員さんに「邱先生の中国語の本が
出ていますか」と聞くと、「ハイ」と返事して
私をある棚の前に案内してくれました。

棚の中を見ると、確かに邱さんの中国語訳の本が
並んでいました。本を取り出し、パラパラとめくると、
これが何という本の中国語版かがすぐわかります。
その中には、3年前ほど前、ここを訪ねた次女が、
私のために買ってくれた『中華思想台風圏』
も並べられていました。

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