2007年05月

私が20年前、斜陽化の冷たい風吹きすさぶ
北九州市八幡東区の街で、都会風の
お年寄り向けのケアつきのマンション事業を着想したのは
1つは邱永漢さんから、現代日本に流れている
潮流の一つが「老齢化」であると教えられたことです。
もう1つは、高島陽さんが出版された
『社長のめしの種』の第一章
「まずヒントをさしあげます」を読んだことです。

15の事例の一つとして
「シルバー・ヴィラ哲学堂[細く長く生きる商品]」
と題した一枚のページがあり、
ホテルの室内を写したよう写真が掲載され、
その下に次の文章が掲載されていました。
「高令化社会になると
第二の人生を好き勝手に生きたいという人が増えてくる。
国営・民営を問わず、規則づくめや
禁止事項の多いところに住む人は
やむを得ずということになろう。

シルバー・ヴィラ哲学堂は一言で言えば
老人専用のホテルである。
48室の部屋はすべて個室で、床暖房になっている。
ホテルだからもちろん外出も自由だし、
食事の時間も決まっていない。
短期滞在だと食事・管理費含めて
一週間7万7千円だが、だんだん長期滞在者が増えて
長期は7割ぐらいになっている。

広々としたロビーで楽しい語らいをしたり、
18人のヘルパーにいろいろ世話になったりして、
独り暮らしの不安感から解放されるだろう。
ここには専務理事の岩城裕子さんのノウハウが
いっぱいつまっている。
高令者には、細く長く生きる商品、
これがポイントである」(『社長のめしの種』)

私はこの文章を読み、
こういう高級なサービスは東京だけでなく、
福岡県でも求められるのではないかと思いました。
高島さん予想されたように、
シルバー・ヴィラ哲学堂は生き続け、
私が軌道に乗せた北九州市八幡東区の施設も
20年近く経営を続けています。

私が20年前、斜陽化の冷たい風吹きすさぶ
北九州市八幡東区の街で、都会風の
お年寄り向けのケアつきのマンション事業を着想したのは
1つは邱永漢さんから、現代日本に流れている
潮流の一つが「老齢化」であると教えられたことです。
もう1つは、高島陽さんが出版された
『社長のめしの種』の第一章
「まずヒントをさしあげます」を読んだことです。

15の事例の一つとして
「シルバー・ヴィラ哲学堂[細く長く生きる商品]」
と題した一枚のページがあり、
ホテルの室内を写したよう写真が掲載され、
その下に次の文章が掲載されていました。
「高令化社会になると
第二の人生を好き勝手に生きたいという人が増えてくる。
国営・民営を問わず、規則づくめや
禁止事項の多いところに住む人は
やむを得ずということになろう。

シルバー・ヴィラ哲学堂は一言で言えば
老人専用のホテルである。
48室の部屋はすべて個室で、床暖房になっている。
ホテルだからもちろん外出も自由だし、
食事の時間も決まっていない。
短期滞在だと食事・管理費含めて
一週間7万7千円だが、だんだん長期滞在者が増えて
長期は7割ぐらいになっている。

広々としたロビーで楽しい語らいをしたり、
18人のヘルパーにいろいろ世話になったりして、
独り暮らしの不安感から解放されるだろう。
ここには専務理事の岩城裕子さんのノウハウが
いっぱいつまっている。
高令者には、細く長く生きる商品、
これがポイントである」(『社長のめしの種』)

私はこの文章を読み、
こういう高級なサービスは東京だけでなく、
福岡県でも求められるのではないかと思いました。
高島さん予想されたように、
シルバー・ヴィラ哲学堂は生き続け、
私が軌道に乗せた北九州市八幡東区の施設も
20年近く経営を続けています。

いま、福岡県北九州市八幡東区の
医療法人社団 新日鐵八幡記念病院の裏手に
お年寄り向けのケアつきのマンションがあります。
これは、私が八幡製鐵所の事業推進部に着任した翌年の、
昭和62年の頃、考えだし、実現したマンションです。

このマンションは130戸で
20数億のお金がかかったように記憶していますが
当時、私が着想して企画すると
製鐵所の私の周辺から猛然たる反対の声が起こり
私は孤立無援の状態におかれましたが、
これだけ衰退の激しい街で、何かあたらしい
サービスビジネスを考え出すとなたら
こういう施設しか考えられないと、
東京の新日鐵本社の関係部門に働きかけて、
実現にこぎつけたものです。

どうしてこういう施設をつくることに
気づいたかといえば、今の日本には
どういう流れが起こっているのか、
この辺をふだん愛読している邱永漢さんが
どうおっしゃっているのかと思って
自宅から持参してきた邱さんの本を読んだら
今の時代を支配している潮流が三つあり、
それは「老齢化」、「成熟化」、「国際化」の三つ
と書かれていました。

当時、高度成長を牽引してきた重厚長大産業は
「成熟化」していて、なかでも製鉄業は
老朽化している多くの鉄鋼製造設備を廃棄していて、
膨大な遊休地ができていました。

そのため、何か新しい事業を考え出すように
というのが私に任ぜられた仕事ですが、
「老齢化」の波は九州の地においても
滔々と流れているのではないかと想像しました。
これがお年寄り向けのビジネスを考えた
一つのヒントです。

いま、福岡県北九州市八幡東区の
医療法人社団 新日鐵八幡記念病院の裏手に
お年寄り向けのケアつきのマンションがあります。
これは、私が八幡製鐵所の事業推進部に着任した翌年の、
昭和62年の頃、考えだし、実現したマンションです。

このマンションは130戸で
20数億のお金がかかったように記憶していますが
当時、私が着想して企画すると
製鐵所の私の周辺から猛然たる反対の声が起こり
私は孤立無援の状態におかれましたが、
これだけ衰退の激しい街で、何かあたらしい
サービスビジネスを考え出すとなたら
こういう施設しか考えられないと、
東京の新日鐵本社の関係部門に働きかけて、
実現にこぎつけたものです。

どうしてこういう施設をつくることに
気づいたかといえば、今の日本には
どういう流れが起こっているのか、
この辺をふだん愛読している邱永漢さんが
どうおっしゃっているのかと思って
自宅から持参してきた邱さんの本を読んだら
今の時代を支配している潮流が三つあり、
それは「老齢化」、「成熟化」、「国際化」の三つ
と書かれていました。

当時、高度成長を牽引してきた重厚長大産業は
「成熟化」していて、なかでも製鉄業は
老朽化している多くの鉄鋼製造設備を廃棄していて、
膨大な遊休地ができていました。

そのため、何か新しい事業を考え出すように
というのが私に任ぜられた仕事ですが、
「老齢化」の波は九州の地においても
滔々と流れているのではないかと想像しました。
これがお年寄り向けのビジネスを考えた
一つのヒントです。

昭和61年、高島陽さんの
『社長のめしの種』が発刊されました。
この本は、ふんだんに写真が
取り込まれた豪華版の本です。

次の7章からなっています。
「1まずヒントをさしあげます」、
「2めしの種になる変化」、
「3めしの種になる商品・ビジネス」、
「4めしの種になる売り方」、
「5めしの種になる場所」、
「6めしの種になる技術」、
「7社長のめしの種」という構成になっています。

1から6までの章には
商品や施設などを紹介する写真と、
説明が書かれています。

そして7章の「社長のめしの種」には
高島さんが世の経営者たちに
送る珠玉の言葉が書かれています。

今回、一連の連載のなかで
この7章の「社長のめしの種」に書かれた文章を
随分、紹介させていただきました。

さてこの本は、1万5千円もしましたが
出版された時点で買いました。
61年9月のことです。

たまたまその年の暮れ、
私は三度目になりますが
新日鉄八幡製鐵所に赴任し
遊休地を活用した事業づくりの仕事に就きました。

ひょっとして役に立つかもしれないと思って
この本を自宅から持参しました。
私がこの本を新規事業推進部に
持ち込むと、「こんな面白い本があるの」
と引っ張りだこになり、
「戸田さん、ちょっと貸して」
とある同僚社員は自宅で読み続けました。

私は私で、昭和61年の暮れ、
自宅に帰る道中、
この本に紹介されている施設を見て歩き
新しい事業作りのガイドブックとさせていただき、
実際、新規事業を企画するヒントをいただきました。

時代が大きく移り変るなかで、
商売替えや新規事業づくりを
余儀なくされる人や会社が増えましたので
この本はあちこちで活用されたと思います。

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