2006年11月

私はだいたい電車に乗ったときは
本を読みますので、家を出る前に
電車で読む本をバッグにしのばせます。

昨日は、このところ株の話が続いていることもあり
邱永漢さんが株についてお書きになった本を読みたくなり
本棚から『株は魔術師』という本をとりだして
バッグに入れました。

電車に乗って、やおらこの本を取り出し、
ページをぱらぱらくると
第一章『株をやるなら昔のことを忘れろ』
という言葉が目の中に飛び込んできました。

かねてから、過去にとらわれる人に
なってはいけないと戒めていますので、
この箇所を開いて読みました。

『株は魔術師』は今から20年前の昭和62年、
若者向けの雑誌『ドリブ』誌に連載されたもので、
これから株でもやってみるかというフレッシュマンを
念頭において、邱さんは執筆されていますが
そうした人に向かって、次のように書いておられます。

「皆さんが、ただ今現在から株をはじめたとする。
すると皆さんは今の株価から出発するよりほかない。
しかし、実はそれは皆さんだけに課せられたハンディだけなくて、
昔からやってきた人にとっても同じことなのである。

昔からやっている人は、すでに株を持っている。
その中には株価の半値で買った株があるかもしれない。
反対に倍も高い値段で買って半分に引かれた株も
まじっているかもしれない。

どんな株を持っているにしろ、また元が安いから
気は楽だということはあったとしても、
今、持っている株の時価がその人の現在の
出発点であって、これからどうなるかは
何ひとつ株を持たず、いまから出発する人と
少しも違うわけではないのである。」(『株は魔術師』)

私はもう株を始めてから20年くらいたっていますが
読んでいるうちに、自分がこれから初めて株を買う
若者になったように感じ、新鮮な気持ちになりました。

そして株に関する限り、最近はじめた人と
私のように数十年株を続けている人の間に
特別の違いがないことや、いつでも過去ではなく、
未来の方に目を向けなければいけないと感じました。

買った株が値を下げ、やむをえずそうした株を
手元に持ち抱えている人が多いと思います。
損をしたということを認めたくない気持ちが
働いているからです。

売ってしまえば、損をしたことを白日のもとに
さらすことになるので、そういういうことは
避けたいという気持ちが働くのです。

また、もう少し時間がたてば、
値を戻してくるのではないかという期待も働きます。
これまで辛抱してきたのだから辛抱ついでに
もう少し、我慢しよう、そうすればいつか
値を戻すことになるかもしれないという期待です。

はっきりした見通しはないけれども
何とかなるかもしれないという
困った時の神頼みに似た心理です。

実際、そういういい目に出会える可能性も
なくはないのでしょうが、元値を割った株を
塩漬け状態にして持ち続けることで得られるプラスより、
失うことのほうが大きいぞと教えるのが
前回とりあげた「建値を忘れろ」という格言でしょう。

そして、元値を割っている株を思い切って
売ることで、かえって大きな得を手に入れる
可能性がでてくるとアドバイスするのが
「見切り千両」という格言ですね。

見切ることで、損を白日のもとにすることになりますが
このことによってこれまで足かせになってきた過去と離別し、
気持ちを新たにして、投資行動を再出発させる
このことで明るい未来が開く可能性がでてくるので、
見切ることに千両の値打ちがあるといっていのでしょう。

過去にとらわれるより、未来に向けて
再出発したいと思う人たちに向いた
教えだと思います。

前回、邱永漢さんと株の話をし、
「買ったときの値段にこだわらないことが大切です」
と教えられたことを書きました。

そのとき、私は「先生がおっしゃっているのは
『建値(たてね)を忘れよ』ということですか」
とたずねたところ、邱さんは
「そうです」と相槌を打ってくださいました。

実は私は『建値(たてね)を忘れよ』
という諺の意味をよく知っていて、
質問したわけではありません。

私は邱さんがお書きになった本は全冊読み、
株について書かれた本も何度も再読しています。
邱さんは大切なことについてはたいてい
自著の中でお書きになっている方なので
邱さんがいまおっしゃっていることは、
本のどこに書かれてことなのかなと思いました。

当時、邱さんが株についてお書きになっている
本の中に出ている言葉で、
よく理解できないでいた言葉の1つが
『建値を忘れよ』という諺でした。

そこで、邱さんが
「株の買値にこだわらないように」
とおっしゃっている教訓は、
この『建値を忘れよ』ということなのか
と思って質問したわけでです。

いま、この時のことを思い出し、
この諺の意味について調べると、
「「建値」とは信用取引の建て玉の取得値段のことですが
この格言では、もっと一般的に、
自分の今持っている株の買値のことです。」
という解説に接しました。

この解説に接して、「なるほど、なるほどやっぱり
そういう意味だったのか」かと深く納得しました。

実際には株を買った時の値段を
忘れることはまずないし、「忘れなさい」と言
われても忘れることはできません。

しかし、そういうことに執着していると、
目の前にやってきた新しいチャンスを
つかまえることができないまま
時を過ごすことになるから
「この株は見込みがない」、
「この株を買ったのは間違いだった」
と思ったら、思い切って売っぱらって、
見込みのありそうな株に乗りかえるのがいい
といった意味だということがわかりました。

人が株を買うのは、買った株が値をあげて
お金が増えるのを狙ってのことです。
ですが、実際にやってみると、
買った株が値を上げるどころか
買値を割ることがしばしば起こります。

そういうとき、私などもそうですが
多くの人は株が上がるまでジッと待とうとします。
でも待っても値が上がらず、
次に買いたい株が出てきても
手が出せないことになりがちです。

人間は自分が失敗したことを
容易には認めたがらない生き物ですが、
自分が当初描いたような展開になっていないことを
認めないわけにいきません。
銘柄選びのところで失敗したわけです。

こうしたとき、人はもうしばらく待とうと
また値の下がった株を持ち続けるわけですが、
それしか手がないというわけではありません。
自分にとって幸を運んでくれなかった株を思い切って
売りに出すという選択肢があるのです。

数年前のことですが、邱永漢さんを
渋谷の事務所に訪ねたことがあります。
いろいろなことを話させていただきましたが
株のことも話させていただきました。

私が買値を下げた株の処理が難しいと
申し上げると、邱さんはすかさず
昔の買値を忘れることだとおっしゃいました。
ご自身、いくらで買ったか覚えていないとも
おっしゃいました。

邱さんは記憶力抜群方ですから、
覚えていないというのは言葉のあやで、
それにこだわらないようにしていると
のが真意だったかもしれません。

そして、邱さんに会うたびに、
『先生、今度捨てる株はどれですか』
と聞く人がおられるともおっしゃいました。

買値を下げた株を売るのは
なかなか勇気のいることだと思いますが、
株で良い成績を挙げるには
こうした発想と行動の転換が必要だと
邱さんが教えてくださったのです。

私たちは500円の株が700円になったら
200円儲けたと喜んで売ります。
そして300円の株が200円になったら、
上がるまで待とうと、持ち続けます。

ですが、邱さんはご自身の体験を振り返り
次のような考えに到達されます。
「考えてみたら、上がる株ほどよく上がるから、
500円の株が700円に上がっても売らないで、
300円の株が200円に下がったら
売り飛ばしてしまうのが
本当のやり方ではなかろうかという気になってくる。

実はこれが本当のやり方なのである。
株価は、買う時点では安いか高いか判断する
基準はないもので、一定期間を経過して初めてその結果が出る。
買った時よりも高くなれば、安い株だったし
買った時より安くなっておれば、高い株だったことになる。

そこで、一定期間を経過した株価を振り返って統計を取ってみると、
値嵩の株ほどよく上がり、安い株はいつまでも
安値のまま動かないという結果が出る。

それならば買ってからいっこうに上がらないだけではなく、
逆に下がる株はなかなか上がらない株だし、
仮に上がるとしても時間がかかるから、いっそ
思いきって売ってしまい、上がった株は逆に残しておく。

そうすると、自分の持ち株は上がる株ばかりになってしまい
『上がる株ほどよく上がる』という原則が働いているとすれば
自分は目が覚めるたびに値上がりを享受できる。

理屈はこの通りであるし、その通り実行すれば
まず間違いないが、残念ながら、こうした投資法に
徹することのできる人はいたって少ない。」

この文章に続いて、邱さんは
「たいていの人は、これとちょうど逆のやり方をする」
とお書きになっていますが、そうした場合の結果については
ここ4回ばかりのコラムで書いてきました。

さて、あなたはどちらの投資法を選択されますか。
やっぱり多くの人の投資法を選ばれますか。
あるいはこの道を選ぶ人はいたって少ない
という投資法を選ばれますか。

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