2005年10月

「見えない未来をどう読むのか」というのは、
誰もが関心のあることだろうと思います。
「先を読む」ことにおいて、数々の実績を挙げ、
ご自身、「自分は少し先の見える思想家だと思っている」
とおっしゃる邱さんが、どのようにして、
未来を読んでいるのかは、私の強い関心事です。

ですから、これまで邱さん著作を読むなかで
「先を読む」奥義を開陳してくださっている文章は
よく読み、だいたい頭の中に入っています。

たまたま中国に移住した友人が、自分にマッチした
仕事を探していて、何らかの支えになればと思って
邱さんの著作のなかの文章を引用させていただきました。

ところで、いま多くの友人たちが、
その先行きを気にしているのは
中国株の今後ではないかと思います。

このところ、中国の株がさえないので、
「上がると言うから、中国株を買ったのに、
サッパリ上がらないじゃないの。中国株って
ほんとに上がるの」と思っている人が
少なくないように思うのです。

実は、私はたまたま平成8年に
中国株(B株)を買ったのですが
その後、買った株が大きく下げ、
10分の1くらいにまでにしぼんでしまい、
「中国は前途洋々とか言われているけど
本当に中国株の将来は上がるのだろうか」
と将来を疑問視したことがあります。

それが、平成13年に入って、
B株が面白いように値を上げたので、
いずれ中国株は反転すると楽観視しています。

しかも、中国の最近の経済発展は
すっかり斜陽化していた日本の会社が
息を吹き返すほどのものですから
こうした経済の動きが株の動きに
反映されないわけはないと思うのです。

このところ邱さんが未来を読む方法を
紹介していますが、雑誌『ドリブ』に2年間、
連載されたのち、平成元年1月に発刊された
『株は魔術師』の第二章、
「不況下のこの空前の金融相場は新現象」
にも、先読みの方法が書かれています。

「私たちは未来に向かって胸を張ってまっすぐ
歩いているわけではない。
過去のほうを向いて、後ずさりするような形で
未来に向かっている。(略)
過去の資料は何でも揃っている。(略)
ところが残念ながら私たの頭のうしろには
目がついていない。(略)

したがって先がどうなるか完璧に予想することは
できないけれども、未来のことを知りたければ、
全く方法がないというわけではない。

私たちは未来を過去を見るように
正確に見る目を持っていないけれども、
現在と将来の継ぎ目のようなところを
見るくらいのことはできる。

経済には真空状態というものはない。
昨日の続きは明日である。その続き方は
風景の展開の仕方とよく似ている。

平地が続いていたら、突然、断崖絶壁にはならない。
田園風景が続いておれば、突然、サハラ砂漠に
なっていくことはまず考えられない。

それと同じように、経済社会とか株式市場の
今日と明日の継ぎ目を仔細に観察すれば、
その次に起こりそうなことをある程度
類推することは可能である。」(『株は魔術師』)

これで、邱さんが見えない未来のことを
予測する方法の一端がだいたいわかりました。
せっかくですから、私たちも、この知恵を借用し、
先読みにチャレンジしてみようではありませんか。

中国に移住した青年が、
「自分なりに街中を観察していますが、
(これからら自分でやれそうな仕事が)
なんだか思いつきません」
とおっしゃり、参考にならないかと思って
邱さんが昭和47年に台湾で事業を展開しようと
考えた時、10年先に伸びそうな仕事を判断する際
参考にしたと言われる三つの物差しを紹介しました。

このうち、三つ目の物差しとして紹介した考えは
邱さんのほかの著書でも見受けられます。
たとえば、昭和57年に発刊された
『食べて儲けて考えて』という本に
「変化の継ぎ目に気をつけよう」という文章が
収録されていますが、この文章のなかで、
邱さんは「先見性」ということに関して、
「感度」という言葉を好んで使っていると言い、
「感度のよしあしは先天性とか頭脳のよしあしと
無関係ではないが、感度をよくしようと意識的に
努力することでかなり違ってくる」と述べています。

そして「感度」を養成する第一の方法が
「できるだけ情報を多く得ること」で
第二の方法は「変化に目をつけること」だと延べ
次のように書いています。
「第二に変化によく気をつけることである。
私たちの生活は、昨日が今日につながり、
今日が明日につながっているので、変化という
突然におこった事件のようなものを連想しがちだが、
変化とは生活環境に起こっているものを指す。

たとえば、トイレット・ペーパーが新聞から
藁(わら)紙へ、藁紙から桜紙へ、
桜紙からいつの間にか巻紙に変わって行くことを云う。
こういう変化の継ぎ目のようなところに
気をつけ手、次はどういう変化が起こることが予見できたら
それは先見性といってよいと思う」
(「変化の継ぎ目に気をつけよう」、
『食べて儲けて考えて』所収)

邱永漢さんは、昭和47年、
台湾に帰って事業を展開するときに、
将来を判断するとき物差しに使った
三つ目のものは次のようなの形での
将来予測です。

「昨日と今日の継ぎ目を見て、
その先を予測することである。
私は人間は前を向いて歩いているのではなくて、
過去のほうを向いて未来に向かって
あとずさりしているようなものだと思っている。

過去のことはすべてデータが揃っている。
どんなことが起こったか、記録を見たらすぐにわかる。
しかし、うしろに目がついていないから、
あとずさりをしながら未来は見えない。
未来は見えないこれども,視界の届く範囲内の風景は見える。
その先の風景については、風景の移り変わりを見れば、
その先の変化について大体、想像がつく。

平地が続いておれば、突然、山にはならないだろうし、
作物にどんなものができているかを見れば、
温帯か、それとも寒帯か、一目見てわかる。
緑がずっと続いておれば、あるていど明日の形が見えてくる。
たとえば、手でお尻を拭いていた人が突然、
上質のトイレット・ペーパーでお尻を拭くことにはならない。
紙に変わるにしても、ザラザラの紙になって、次にチリ紙になって
やっとトイレット・ペーパーに変わる。

テレビが普及する場合でも、いきなり衛星放送にはならない。
白黒テレビがあって、それからカラーテレビになって、
それから衛星放送に変わって行く。
それと同じように、それから十年先に起こることを知りたければ、
過去の十年を振返って、継ぎ目継ぎ目を
よく分析してみるのが効果的である。」
(『アジアで一旗』)

これまで三回にわたって、邱さんが昭和47年の
台湾で、それから10年のうちに成長するであろう産業を
予測したときに使った物差しを紹介しましたが、
邱さんは「なかには失敗したものもあるが、
そのほとんどが予想通りになった」(「アジアで一旗」)
と書いておられます。

邱永漢さんが昭和47年に、
台湾で事業を起こそうと考えたとき、
未来を予測する物差しにした二つは、
先進国で展開されている事例を参考に
することでした。

邱さんは次のように書いています。
「海を渡る船を見ても、先を進んでいる船と、
あとから進んでいる船がある。
マラソンで走っていても、
自分より前を走っているひともあれば、
ずっとうしろからついてくる人もある。
それと同じように、国にも先進国と後進国があり、
後進国というと差別しているようにきこえるので、
少し遠慮して『発展途上国』と読んだりしている。(中略)
いわゆる先進国のやていることが何でも
正しいわけではないが、発展途上国は先進国の
やっていることを模倣することが多い。
だから先進国で起こったことは、かなり高い
確率で発展途上国の指標になる。」

と言って戦後日本が、自動車の生産から、
スーパーマーケットの全国展開、さらに
マグドナルド、ケンタッキー・フライド・チキンなど
セントラル・キッチンのあるレストランの展開まで
アメリカをお手本にして模倣してきた経緯を
ふりかえり次のように述べています。

「生産から流通,はてはサービスにいたるまで
日本の産業界がこれだけ短い期間に
これだけ急速に発展できたのは、
主としてアメリカという先行指標があったからである。
そうした先行指標がある限り、未
来を予測することはそんなに難しくない。
お手本をそばにおいてそれをなぞらえれば、
そう見当違いにならないですむものである。」
(『アジアで一旗』)

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