前回、紹介したような事情から
邱永漢先生は、昭和55年の参院選に出馬したのですが、
結果は落選となりました。

邱先生は後日談として、
政治の世界に足を踏み込んだ人たちをジャーナリズムは敬遠し、

邱先生もその例外でなく、描いた作品の掲載を断られたそうです。


邱亜蘭夫人はこのころのことにふれ、

「『とにかく、書いて、書いて、(中央公論社社長の)

嶋中さんのところに持ち込んでください』と激励したんです」
と話されました。


そしてこの頃、「中央公論」誌に掲載されたのが次の
3作品です。 

一つは「香港の挑戦」。
二つは「海外投資」。
三つは「経済一等国日本」。

私は当時、この連作を読み、

ご自身の体験をもとにしたこれらの作品を

興味ふかく読ませていただいたのですが

こうした邱先生のご活躍を奥様が

力づよく励まされていることを知り、

温かいものを感じさせていただきました。