今から50年前のこと、

三石敏雄氏を邱永漢先生に紹介したのが

直木賞作家の今東光氏ですが、

古手の邱ファンでも、今さんと邱先生の交流は

知らないという人がいるので、次の邱先生の

文章を紹介します。

 

「しかし、今東光和尚には、八方破れのところがあり、

それがまた魅力になって、世間を沸かせる原動力となった。

ちょうど日米安保条約の改正をめぐって反対運動が起こり、

六月だったと思うが、

アメリカ大統領新聞係秘書ハガチーの来日を

デモ隊が羽田で包囲するという騒動が起こった。

 

その夜、偶然にも私と今さんが

富山で講演をする予定になっており、

日米関係の先行きを心配した聴衆が詰めかけて、

新しく落成したばかりの公会堂が超満員になった。

 

今さんは、何千人という聴衆を前にして

何の話をするのかと思ったら、

いきなり、『邱永漢の首には蒋介石の懸賞金がかかっている。

君たちのなかに、首に懸賞金のかかったやつが一人でもおるか』

といった話からはじめた。

 

これには出番を待っていた私の方がびっくりした。

当時『台湾は独立して別の国になった方がいい』

と主張していた私が、

国民政府からお尋ね者になっていたことは事実であるが、

今夜の安保騒動とは関係のあることではない。

しかし、今さんは私が

首を狙われるほどの愛国者であることを強調することによって、

つぎに出てくる講師の私に皆の注意を

向けさせようという意図だったような気もする。

つぎに立った私は日本の経済が高度成長に入ってきたのは

アメリカのおかげだから、自分たちの米櫃を

フットボールのように蹴って遊ぶのは

やめた方がよいという意味の話をした。

 

それから十何年たって

私が国民政府に迎えられて台湾へ帰ると、

今さんは人にことづけて台湾にいる私のところへ、

『君が台湾に行ったと知って、

首がつながっている奇蹟に驚いています。

そのうち僕も君の首の工合を見に行きたいと思っています』

とわざわざ手紙を届けてくれた。

そういう痛快さと人情のある悪僧であった。」

(『邱飯店のメニュー』)