杜甫草堂を見た後、
朝、訪れた、「伊勢丹」を訪れました。

このには「牛牛福」(伊藤ヨーカ堂)関連のレストランとして
「猪猪福」と「 Tokyo Beef Dining」の二つのレストランがあり
「東京 BEEF Dining」で夕食をいただきました。

四川大学でご勉強中の日本人の方に応対いただき、
おかげでリラックスした気分になりました。
 
全体として社員の方々のが
キビキビ動いているのがが印象的でした。

もちろん、料理も美味しかったですが、
帰り際周りを見ると、「Tokyo Beef Dining」も、
「猪猪福」も大入り満員でした。

食事を終えた後、
「伊勢丹」や「伊藤ヨーカ堂」に近接した広場に出、
周囲を囲む賑やかな店々のネオンを楽しみ
タクシーに乗ってホテルに帰りました。 

成都には中国の詩人、

 杜甫が戦乱を避けてしばらく住んでいたところで
そのお住居跡にできた杜甫草堂があります。


杜甫といえば中高生の頃に
お世話になった方でもありますので、

 ここも訪れました。

ANAのPR誌「アラチャイナ」での説明で
おさらいをさせていただきます。
 

「杜甫草堂は

唐代の詩人-杜甫が成都に住んでいた時の住居です。


759年から約4年間、

杜甫は安禄山の乱を逃れるために成都に移り住み、

絵のように美しい街の郊外にある浣花溪のほとりに

あばらやを建てて質素な生活を送りました。


彼の全作品1400首のうち、

代表作を含む247首がここで生まれました。


唐末期には杜甫を称えるために

あばらやの跡地に草堂が建てられましたが

明代になり再建されて今日に至っています。」

成都は「三国志」の舞台の一つと
聞いていましたので、その関係の本を読みました。
そして、「三国志」の英雄達を祀る「武候祠」を訪れました。
この施設について、邱先生は次のように説明されています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
歴史に詳しい人なら、成都が三国志に出てくる
蜀の国の都であったことがわかります。
劉備が軍師の諸葛亮孔明に
「ここは、天然資源に恵まれて人口が多い上に、
東から攻め込まれても道が一本だけでそこを守れば、
曹操、孫権と天下を三分して国を維持して行けます」
とすすめられ、入植したところです。
ただ、後を継いだ劉禅がバカ息子であったために、
劉備が死に、孔明が陣中で没すると支えきれなくなって
亡国の憂目にあっていますが、
中国人も基本的には
判官びいきのところがあるのでしょう。

成都に行くと、武候祠という
諸葛亮孔明を祭っている廟があります。
劉備が正殿に祭られ、孔明は後殿に祭られていますが、
その名前でもわかるように、
人々が尊敬しているのは智謀があって、
しかも忠誠心を貫いた孔明です。
その孔明を見出して三顧の礼で劉備が迎えたのが
孔明28才の時ですから、昔も今も
人材の有無が天下取りの
分かれ目になることがわかりますね。」
(出典:「もしもしQさん」 2000年7月4日(火))

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