今秋のホーチミン市での会社訪問に備え、
訪問したい会社に対して、訪問依頼文を作成しています。

このセミナーに参加する人たちは
今春、行動を共にした人たちとは別の顔ぶれです。

まずは、再訪したい会社を選び、
それぞれの会社でIRを担当されている方々あてに
依頼文を作成します。

また、現地を訪れることにより
躍進ぶりを知った新興会社があり
これらの会社も訪問したいので
その旨を認めた依頼文を作成しします。

こうして作った依頼文を
私は娘に送り、添削をしてもらい、
そのあと、発信しています。

訪れたい会社はいずれも超多忙会社です。
一息ついたら、さらに別の会社にも
依頼文を発信することにしています。

「中国の次はベトナムでないかと」
考えた邱永漢先生は、日本アジア証券、アイザワ証券に
働きかけ、ハノイに本拠を置く日系の証券会社を
設立されました。

2009年のことだったよ思います。
設立時は、「サクラ証券」、1年後
「ジャパン証券」と改称し、今に至っています。

この会社が設立されたことで、
日本人でベトナムの経済発展に関心と興味を
持つ人が、ベトナムの上場会社に投資する道が開かれました。

「ジャパン証券」の過半数の株は
ベトナム資本が持ち、会社としてはベトナムに帰属する
ベトナムの証券会社です。

しかし、組織内には、日本人対応の窓口
「ジャパン、デスク」が設けられ、
日本人が自由にベトナムの上場会社の株を
売買できるようになりました。

このジャパン証券は
今後のさらなる発展のため、近々、
同じくハノイに本社を置く証券会社と
合併すると聞いていますが、
日本人投資家が、自由に
ベトナム株を売買できる道を築いた点で
ジャパン証券の果たした役割は
大きいと感じています。

前回、今から10年前の2007年、邱永漢先生の
予言に導かれて、ベトナムを訪れたと書きました。
当時の邱先生の文章をここに紹介します。


「世界でこの次、経済の発展する国々を
BRICsという言葉で現わしたのは
どこの国の何という人か知りませんが、
アメリカかヨーロッパの、
それも数字で物を見る癖のある人に違いありません。
心理的に自分たちに近いところからはじまっているので、
ブラジルがトップに出て来ているし、
またGDPの数字を基準に物を考えているので、
ふえた数字がどういう配分になっているか無視しています。
それ以上に無視されているのが
国民の勤労意欲と労働力の生産性です。

最近、私はブラジルに行っていませんが、
インドとロシアには昨年、行ってきました。
中国では、ご承知のように、1年の半分以上をすごしており、
全国を駆けまわっています。
だから中国をえこひいきしているわけではありませんが、
工業化の進むスピードと都市の開発と変貌から見る限り、
中国、インド、ロシア、ブラジルと
ちょうど順序が逆になっているのではないでしょうか。
ロシアとブラジルの順序が逆になっている
という見方もあり得ないことではありませんが…。

次に経済成長の数字だけで比べていますが、
石油やその他の天然資源の開発がすすみ、
しかも国際価格の大暴騰によって
それがGDPの数字を押し上げていると言っても、
その収入の大半が政府のふところに入って、
国民一人一人のポケットにまわらない場合も
同様に経済成長として扱われていますが、
国民が豊かになるのと、
国の発言権が強くなるのを同列におくことは、
経済成長に対する人々の見方を誤らせることになると思います。

経済的に豊かになるということは、
生産過程における付加価値がふえることによって
もたらされるものであって、
ロシアや中近東の政府や王様たちのふところが肥えることと
同列におくべきではないのではないでしょうか。
そういう視点から見ると中国に続くのは
ロシアやインドでなくて、ベトナムだと私は感じています。」
(出典:「もしもしQさんQさんよ」
     第2637回。2007年5月25日「中国の次はベトナムと感じています」。

     邱永漢著『中国投資はジェットコースターに乗って』(グラフ社刊)に収録) 

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