街の激変ぶりを感じたのは
最初は東京オリンピック開催の頃
(1964年)の東京でした。
新幹線が走り、高速道路が建設されました。
でも、学生だったことで、
私の視野は限られていました。

時代下って、
凄まじい街の変わりぶりを感じたのは
改革開放直後の中国の「深セン」です。
街に入ると、高いマンションが立ち並び
広告が目立ちました。

道路の幅も見たことがないくらい
広かったです。

また2回目訪れたに中国上海の「浦東」
(1997年ごろ)も
最初に訪れたのとは大変な変わりようで、
驚きました。

いま、かつての
中国の「深セン」や「浦東」で
起こった変化に匹敵するくらいの変化が
「ホーチミン」で進行中です。

遅くとも、地下鉄(高架)工事が
完了する2020年には
また訪れたいと思いました。 

「ナポリを見て死ね」という諺があります。
“See Naples and die.”
「死ぬ前にナポリを見ておけ」
という意味で、ゲーテの言葉との説明があります。

しかし、ゲーテの創った言葉でなく、
ゲーテは昔からあった言葉を紹介したのだとの
説明もあります。

私は後者の説明を支持するものですが、
たたまた28歳の時、仕事でナポリに3ケ月滞在しました。
確かに、ナポリからヴェスヴィオス火山を眺める光景は
美しく、いま脳裏に浮かびます。

それはともかく、 
今は「ホーチミンを見て死ね」
ではないか、との感想を持ちました。
ホーチミン市内のビルラッシュ、
サイゴンハイテクパークの威容、
大変な衝撃を受けました。
 
ホーチミン市はいま
「激変」という言葉がピッタリです。

いすゞベトナムを見学し、
ホーチミン市内に戻って食事をしたあと、
友人が希望していた
サイゴン・ハイテク・パークを訪れました。 

サイゴン・ハイテク・パークは
事前に管理事務所に訪問希望を再三伝えたのですが、
何の返事もなく、外から見るだけの見学になりました。

そのため、さして期待していなかったのです、
市内から40分くらい走ったところで、
大きな区画の工場が見えだしました。

日本の「日本電産」(NIDEC)の工場を見つけました。 

次々各国の企業の工場が見えます。

アメリカのインテル、データ・ロジック・スキャニング、
デンマークのソニオン、韓国のサムソンの工場があります。

ロシアやスイスの工場も立っています。

ベトナムを代表するFPTやビン・ゲーム、
CMCなどハイテクパークも進出。

両備ホールディング(日本、岡山)や
ここが出資しているTMS(ベトナム)の
倉庫もあります。

各国を代表する会社のオンパレードです。

またベトナムの他の工業団地も
比較にならないくらい、
一つ一つの工場の区画が広いです。

一緒に見た友人はこれまで
何度もベトナムを見てきた人たちですが、
その威容に、思わず手を叩きました。

ここは明日のベトナムを占う上で
欠かせないパークだと思いました。

 

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