邱永漢さんは、昭和47年、
台湾に帰って事業を展開するときに、
将来を判断するとき物差しに使った
三つ目のものは次のようなの形での
将来予測です。

「昨日と今日の継ぎ目を見て、
その先を予測することである。
私は人間は前を向いて歩いているのではなくて、
過去のほうを向いて未来に向かって
あとずさりしているようなものだと思っている。

過去のことはすべてデータが揃っている。
どんなことが起こったか、記録を見たらすぐにわかる。
しかし、うしろに目がついていないから、
あとずさりをしながら未来は見えない。
未来は見えないこれども,視界の届く範囲内の風景は見える。
その先の風景については、風景の移り変わりを見れば、
その先の変化について大体、想像がつく。

平地が続いておれば、突然、山にはならないだろうし、
作物にどんなものができているかを見れば、
温帯か、それとも寒帯か、一目見てわかる。
緑がずっと続いておれば、あるていど明日の形が見えてくる。
たとえば、手でお尻を拭いていた人が突然、
上質のトイレット・ペーパーでお尻を拭くことにはならない。
紙に変わるにしても、ザラザラの紙になって、次にチリ紙になって
やっとトイレット・ペーパーに変わる。

テレビが普及する場合でも、いきなり衛星放送にはならない。
白黒テレビがあって、それからカラーテレビになって、
それから衛星放送に変わって行く。
それと同じように、それから十年先に起こることを知りたければ、
過去の十年を振返って、継ぎ目継ぎ目を
よく分析してみるのが効果的である。」
(『アジアで一旗』)

これまで三回にわたって、邱さんが昭和47年の
台湾で、それから10年のうちに成長するであろう産業を
予測したときに使った物差しを紹介しましたが、
邱さんは「なかには失敗したものもあるが、
そのほとんどが予想通りになった」(「アジアで一旗」)
と書いておられます。

邱永漢さんが昭和47年に、
台湾で事業を起こそうと考えたとき、
未来を予測する物差しにした二つは、
先進国で展開されている事例を参考に
することでした。

邱さんは次のように書いています。
「海を渡る船を見ても、先を進んでいる船と、
あとから進んでいる船がある。
マラソンで走っていても、
自分より前を走っているひともあれば、
ずっとうしろからついてくる人もある。
それと同じように、国にも先進国と後進国があり、
後進国というと差別しているようにきこえるので、
少し遠慮して『発展途上国』と読んだりしている。(中略)
いわゆる先進国のやていることが何でも
正しいわけではないが、発展途上国は先進国の
やっていることを模倣することが多い。
だから先進国で起こったことは、かなり高い
確率で発展途上国の指標になる。」

と言って戦後日本が、自動車の生産から、
スーパーマーケットの全国展開、さらに
マグドナルド、ケンタッキー・フライド・チキンなど
セントラル・キッチンのあるレストランの展開まで
アメリカをお手本にして模倣してきた経緯を
ふりかえり次のように述べています。

「生産から流通,はてはサービスにいたるまで
日本の産業界がこれだけ短い期間に
これだけ急速に発展できたのは、
主としてアメリカという先行指標があったからである。
そうした先行指標がある限り、未
来を予測することはそんなに難しくない。
お手本をそばにおいてそれをなぞらえれば、
そう見当違いにならないですむものである。」
(『アジアで一旗』)

邱永漢さんは平成2年に書いた『アジアで一旗』で、
ご自身が昭和47年、台湾に帰り、
同地でその後10年のうちに成長するであろう
産業について予測を立てたとき、判断の物差しとして
三つのことを使ったと書いています。

その一つは「経済界を支配するトレンドは
インフレだ」という判断です。

邱さんは次のように書いています。
『経済界を支配するトレンドは
景気がいいとか、悪いとかいうことだけではない。
景気がよくても悪くても、経済界には常に矛盾があって、
その矛盾を人類は紙幣を印刷するようになった。

つまりインフレは紙幣が生まれて以来の
経済のトレンドであり、とくに紙幣が発明されて以降は、
インフレは動かすことのできない
トレンドになったということである。(中略)

こうしたトレンドが経済界を支配している限り、
国が豊かになろうが、貧しかろうが、
時代とともにお金の値打ちは減っていく。
豊かになれば豊かになったで物の値段は上がるし、
貧しくなれば貧しくなったで、政府がお金を印刷して
国家予算を賄おうとするから、物価が上がって
庶民は物を買えなくなる。

将来、どこかで物価が安くなって,
誰でもいくらでも物が買えるということはなく、
物価が上がって庶民は物が買えなくなる。
物価は上がっていく一方だ、
ということが予想されるから、
現金でお金を貯めた人は、
えらい損をさせられ、土地で財産を持っていた人とか、
借金をして不動産を買った人はトクをする」
(平成2年『アジアで一旗』)

つまり「産業界はインフレに向かって動く」
ということを念頭に置き、その動きに適合した
事業を考えたということです。

執筆者:戸田敦也(2005年10月26日)

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